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ソードマンの独白9

 ある意味この場にふさわしい穏やかな空気に包まれたような気がした。たとえて言うならば、満開の花の下、最初の一杯をあけて空を見上げたときのふわりとした心地よさだ。何となく戦斧の切っ先が下がりかけたことに気づき、これは危ないと目の前の魔物を睨みかえした。なぜそんな奇妙な感覚を感じたのだろう。いまはとても忙しいはずなのに。
 そのときおれは、メディックのせっぱつまった声を聞いた。退却しますの叫びには、いつにない焦りがあった。並んでいたパラディンが、くるりときびすを返すのがわかる。おれもまた、ひとつ肩をすくめると、目の前の巨大なちょうちょに一撃を浴びせ、同じように向きを変える。よし、多分やった。ていうか、やったんなら急がなくてもいんじゃないか?
 そう思って重心の移動をひかえた瞬間、おれは自らの周りの空気に違和感を感じた。そしてその戸惑いは、すぐに圧倒的な圧迫感にとってかわられる。我知らず声が漏れた。まわりの空気が水のように分厚くなり、さらに鋼鉄へと変化する。内蔵をせりあがってくる違和感と、骨がきしむ感触。みしみしと不気味な音が体内で響く。これが限界を超えた瞬間、何が起こるのか。おれはそれを知っていた。そう、つぶれたトマトみたいになって世界樹に食われるはめになるのだ。おれは今、ブレストアーマーとはいえ、鋼鉄の鎧を身につけているのに!
 視界が真っ白に染まった。耳元で空気がはじける。めきり、と、身体中そこかしこでいやな音がする。そしてとても熱い。ここは快適な気温の階層のはずなのに! 痛みが襲いかかる前に、すべてが遠くなる。ごちゃごちゃと考えていたのも、本当は一瞬の間に過ぎなかったにちがいない。多分、走馬灯というやつだ。
 そのまま黒く塗りつぶされていく意識を、おれは必死でつなぎとめた。意識を失ってしまえば楽だろう。きっと仲間たちもいる。けど。
 明るくなるにつれて、身体中が熱と痛みを叫び始める。内部からの熱に好き放題やかれ、気を抜いたら崩れてしまいそうだ。ぐっと歯を食い縛った。まぶたを動かす神経はどこだ。みつけたそれを駆使して、くっつきあったまぶたを必死でひっぺがし、辺りの状況を確かめる。
 目の前にはありえないはずの風景があった。いや、そうじゃない。そうだと
気づかないはずがない。おれはそうにちがいないことを知っていた。
 舞い散る花びらに包まれ、その人物はこちらに腕を伸ばしていた。もちろん、ダメージを受けたおれの手を引いて逃げようというんじゃあない。煙や何かの気配は何一つなかったけれど、先ほどの力が彼の仕業だということは容易に予想がついた。そう、おれは幾度も見てきているのだ。背後から目の前の魔物に襲いかかる無形の力の姿を、そしてそれをまともに食らった連中がどうなるかを。
 目の前の人物の口が小さく動いていた。まっぴるまだからよくわからないけど、多分、おれに向けたこてが微かな光を放っているだろう。近づけば虫の羽音のような動作音も聞こえるにちがいない。さっきと同じ術を解放しようというのならほんの少し間はあるはずだ。だが。今のおれは、全力で逃げることができるだろうか? そんなのできるはずがない。そもそも全力で逃げて間に合うだろうか。彼の技には、精密な狙いや手を触れることのできる距離は必要ないのだ。
 おれはメディックがおれの名を呼ぶのを聞いた。彼は、何ひとつ苦渋や思い入れを感じさせない平坦な口調で、指示を行った。目の前の存在を攻撃しろと言っていた。おれは戦斧をぎゅっと握った。目がかすむのは、さっき負ったケガの血が目に流れ込んだからだろうか。いいのか? よくないだろう。目の前にいるのは同じギルドで苦楽をともにしてきたアルケミストなんだぞ!
 再度彼はおれの名を呼んだ。おれはぐっと奥歯を食い縛る。
「早く!」
 メディックの鋭い叫びが、家畜に対する鞭のように作用する。おれはほんの少し戦斧の切っ先を下げたかと思うと、大地をえぐる勢いで前へと出た。身体があげる悲鳴はすべて黙殺した。一歩二歩と進む勢いにのって、ぶんと戦斧をふりあげる。
 彼の腕の機構には、はっきりと紋章が浮かび上がっていた。ああもう時間がない。ピンクの花びらを髪飾りにし、穏やかな風に髪をなぶらせていた彼は、ゆっくりと伏せていた目をあける。こんなときでも彼は彼なのか、口の端がきゅっと上がった。嬉しそうに見えた。おれは目を細めた。ごめんと言う間もない。もっとも、謝ってどうにかなるという話でもないんだけど。
 獣のような声とともに、目の前の存在に向かって、おれは戦斧をふりおろした。おれは顔をしかめた。鋼鉄のかたまりが肉を切り裂き骨を砕く感触に、特別な感慨はないはずだった。いやむしろ、それは快感といっていいはずだ。だからおれはこの獲物を愛してる。目の前に立ちふさがる障害を、重さと刃の鋭さで叩きつぶす快楽。それこそが、この武器の持ち味だ。だが。今のそれは違った。てのひらに伝わる破壊の感触に肌があわだった。
 一瞬の間をおいて、アルケミストの白い顔が見えなくなる。肩口から鎖骨を破壊し、けさがけにはいったケガから吹き出す血が、おれの視界から彼の姿を覆い隠した。
 ひゅう、と。息が喉をこする音を聞いた。いまさらのように、ひざが笑う。おこりにかかったかのように、全身が激しく震えだした。
「あ……ああ……」
 ぐにゃりと視界がゆがむ。意味をなさない情けない声の犯人はおれだ。噴き出す血は、最初に頬をかすめた後、やや勢いを減じている。その向うに、やけに小さくて細い人影。ああ……。やらかしたのはおれだ。他のだれでもない。こわれた人形みたいに、彼は大地に横たわっている。いつもならば、罵詈雑言と鉄拳制裁がくるはず。くるはずだろう起き上がれ。いや、起き上がれるはずがない。それは違う。だっておれがそうした!
 誰かが、穏やかにおれの肩をたたいた。
「おつかれさまでした」
 良くやりましたねとのメディックの言葉も耳に入らず、おれはぺたりと地面に座り込んだ。とても斧が重いんだから仕方がない。霞む視界の中で、メディックが自らのかばんをあけ、的確な動作で薬ビンと布をとりだしていた。ああ、そうだ彼がいるんだ。だって彼がどうにかできるから、おれはああして彼に刃を向けた。大丈夫。すぐにいつものように起き上がって、臓腑をえぐるような一言を伴った、冬の階層よりも冷たい目がおれを見るんだ。大丈夫。
 心配げに声をかけてくるパラディンとガンナーへの返事もそこそこに、おれはメディックの所作をじっと見守った。きっとすぐに彼は起き上がってくるにちがいない!
 だが、すぐにメディックは治療の手をとめておれを呼んだ。
 確かに、あふれていた血はほぼ止まっている。だがいつも以上に顔は白いままだし、ゆびさき一つ動く気配はない。
「街へ戻ります」
 静かなメディックの言葉に、おれは血の気が引くのを感じた。口を開きかけるのを制し、彼は穏やかな微笑みを浮かべる。
「傷跡が残らないようにといった治療は、薬泉院の主の方が得意ですから」
 完全にふさいでしまうと、後から傷跡を消すのは無理なのだ、と。そう言って彼は、アリアドネの糸を出すようにと言った。


 傷口からぐずぐずと血がにじむ彼を街まで運ぶ。血相を変えた薬泉院の大ボスが彼を奥の治療室に運ぶのを見たところで、安堵で力が抜けた。待つか帰るか、胸の辺りや手足にイヤな痛みをおぼえながら考えていたところ、おれもまた別の診察室へと連れこまれる。さっさとボスの後を負ったうちのメディックが、頼んでおいてくれたらしかった。
 やけどがひどく、何カ所か骨にひびが入っていたから、今日はおとなしくしているように、と。窮屈なギプスでがっちりと固められ、おれはそう言い渡された。
 彼が帰ってきたのは、その日の夜遅くだった。迷惑をかけてすまなかった、と。いつもに比べてとてもわかりやすい言葉を口にし、彼は静かに頭を下げた。
 よくあることといえば、よくあることなのだ。世界樹の中には性質の悪い魔物がわんさといる。結果的に、おれたちはみごとそれを切り抜けた。ただそれだけのことだ。実際、仲間に刃を向けたのは、彼の方が先だし、おれも骨にひびが入るケガをした。過去におれも似たようなことをしでかしかけ、メディックの見事な手腕があったおかげでことなきをえたことだってある。そのメディックですら、世界樹から大慌てで担ぎだされたことがあるのだ。必要以上に負い目に思うことはない。だからこそおれたちはここにいる。だけど。
 てのひらに残るは骨がぐずぐずに砕ける感触。顔には返り血の熱さが残り、鼻には強い鉄錆のにおいが残る。青白く頼りない顔と、うつろな目がいつまでもおれをせめたてた。本人はそんなこと一言も口にしてなんかいないし、多分思ってもいないはずなのに!
 罪ほろぼしになるなんて思ってはいないんだけど。おれは交易所の看板娘に相談して、あるものを買い求めていた。正直彼の好きなものなんかほとんどわからないんだけど、多分嫌いじゃないだろうという自信はあった。
 宿の廊下で彼を呼び止めることができたのは、めったにない確率の女神の微笑みだろうと思った。
 世界樹に出かけることのなかった彼は、いつもよりいくらかラフな服装だった。季節がらというのもあるんじゃないかと思う。いつもなら喉元まで覆う上着を着て、両腕には独特の篭手を身につけているところなのだけれど、今日はそのどちらも身につけてはいなかった。もっとも、篭手がないぶん、両の腕は長い手袋で覆われている。この暑いのによくもまぁとは思うとこだけど、彼には彼なりのこだわりがあるんだろう。文句を言うすじあいはない。
 呼び止めたはいいけど、おれは言葉に詰まっていた。正直、彼と世界樹を離れて話をしたことはほとんどない。大きめのミッションが終わったときの打ち上げでも、彼はまったく酒を飲まずすみっこでただ静かにしているだけだ。さらには、満足するだけ食べたところで、さっさと席を外してしまうのが常なのだ。郷里の話も、腕前自慢も、女の子の好みも、なにひとつ聞いたことはない。それこそ、天候の話だってしたことがないくらいだ。多分一番長く彼の話を聞くなんてのは、探索の最中の罵詈雑言だろう。いや、会話じゃないな。だとしたら、この前、焔術とおれの剣を組み合わせられないかってやったのが、会話という意味では最長かもしれない。
 怪訝そうに、彼はおれを見た。ええと、と。頭をかきながら言葉を探すおれに対し、少しずつ眉間にしわができはじめる。それに気づき、おれは焦ってむりやり言葉をひねり出した。怒らせてどうすんだよ怒らせて!
 いきなりごめんと言って頭をさげたおれに対するコメントはなかった。そろそろと顔をあげてみると、ぽかんと虚をつかれている表情のアルケミストと目があった。彼はおれの目線に気づくと幾度かまばたきし、何のことだと眉間にしわを寄せて尋ねた。
 ええと、と。事情を説明しようとしておれは気づいた。確かメディックは「傷跡をのこさないために街で治療をしてもらう」と言ってはいなかったか。だが。彼の首筋には、ひきつれた傷跡が残っていた。おれが彼を叩き切ったのは、古傷になるほどの昔じゃない。だけど、治療法によっては数日前のケガがそうなることは十分に考えられた。
 それ……と、首筋を指さすおれを見、アルケミストは幾度かまばたきをした。そして、目線が来ているあたりにてのひらをおく。そして、ああとうなずいた。
「手間をかけたな」
 あっさりと彼はそう言って、自らの傷跡をなでた。仲間に叩き切られたことに対するわだかまりどころか、瀕死の重傷を負ったことに対する感慨も、傷跡が残ったことに対する悔恨もなにひとつないように見える。ひざこぞうをすりむいたというのでも、もう少し感想があるんじゃないかと思った。
「ごめん」
 何を言っているかわからないという表情で、彼は首を傾げた。いきなり怒り出すかどうかはともかく、良くわからないが用はもうないのかと立ち去ってしまいそうな顔つきだった。
「その。傷跡……とか。ええと、その」
 力なく地面に横たわる細い身体。うつろに光をなくした目。てのひらに残る身震いするようなイヤな感触。どれもこれもが、謝ってすむような話じゃない。切羽詰まっていたとはいえ、思い切り彼に戦斧をふりおろしたのはおれだ。
「おれは無属性攻撃の術を解放したと聞いているんだが」
 少し眉を寄せ、怪訝そうに彼はそう言った。おれは無言でうなずく。よくわかんないけど、わかりやすい焔や氷の術とは違い、無属性の術は、いつもならとっておきの凶悪な魔物に対して使う術だ。たぶん。いやおれもそういうときって忙しいわけだからじっくり観察なんかできるはずもない。そんな強力な術を、うん、多分二発目もカウントダウンだった。けど。
「でもやっぱ、ひどいケガさせたことは確かだから」
 ごめんと頭を下げるおれを、彼は困ったような表情でみていた。口を開き、何か言おうとする。だけど、何も思いつかないといった様子で口を閉じると、がりがりと頭をかきまわした。
 そんな彼に、おれはさっき手に入れてきた包みを差し出した。なんだと尋ねる相手に、お見舞いだと言って受け取るように促す。ものすごく困った表情で受け取り、中を見ていいのかと尋ねる。もちろんと頷くと、彼は包みをそっとのぞきこんだ。あ。表情変わった。
 痛みとかは残ってないのかという問いに対しては、彼は特にないと言って肩をすくめる。でも傷跡がとかなんとか口にしようとしたのについては、わずらわしそうに手をふった。
「オマエこそ結構なケガをしたと聞いている」
「……まぁ、油断もしてたし」
 メディックの退却に即従わなかったゆえに、まともに術をくらう羽目になったんだから、おれの方は結構自業自得だ。
「もういいのか?」
 穏やかな問いに、おれはうなずいた。実のところ完治はしてないらしくて、痛みがないわけじゃない。薬泉院で自己申告すれば悲鳴をあげられるかもしれないけれど、ギルドマスターはおれが世界樹に入ることを止めるような言葉を口にしたりはしなかった。そうかと口にすると、彼は小さく笑った。そして、おれについて来いと言って歩き出す。いいえということを考えてもいないような動作だった。
 つれて行かれた先は、大部屋だった。つかつかと近づいてくる彼を見、パラディンが目を丸くする。まぁ、そりゃそーだ。彼が普段多少なりとも話をするのは、ギルドマスターのメディックかガンナーくらいなのだから。……というか、あれだ。気のいい常識人のパラディンは、アルケミストが自らの名を名乗って以来、彼にあまりいい感情を持っていなかったりする。
 それでもそれなりの挨拶で、何かあったのかと尋ねたところ、続く唐突な申し出にさらに目を丸くした。そして、そのまま彼の背後にいたおれを見た。
「今すぐか?」
「別に。――どうせそのうち夕飯には出るんだろう。その分をこれも含めておごってやるというだけだ」
 そう言って彼は、夕飯というよりは宴会が開けそうな金額を彼に差し出した。一体何が起きているんだどうしたんだ、と。パラディンの目はおれに語りかけている。おれはそっちには答えずに、ちょっとまってくれとアルケミストの袖を引いた。
「なんでわざわざ、行ってこいってなるんだよ。どうせそのうちっていうなら、アンタも事情は同じだろう」
「今日の夕飯ならさっきもらったからな」
 ……。はい? ちょっとまて。さっきって、それは多分交易所の看板娘や、宿の娘だってオヤツだって断言するような焼き菓子だぞ。かなり甘いって話だから、もしかするとかなり腹もちはいいかもしれないけど。
「いやそれ、飯じゃないし」
 宿の女将さんあたりに聞かれたらしばかれるって。
「見解の相違だな」
 足りなかったら言えと言い残し、彼はくるりときびすをかえした。取りつくしまもなく出ていく後ろ姿に、間抜けに手を伸ばしながら、おれは彼を見送った。
「……どうするんだ?」
 ぱたりと扉がしまってしばし後、パラディンがそう尋ねた。ぎぎぃ、と。首やそこらから音がしてるみたいな心持で、おれは彼を見下ろした。彼は肩をすくめ、てのひらの上の硬貨を鳴らしてみせる。
「なぁ。……おれって、なんでそんなにアルケミストに嫌われてるのかなぁ」
 しみじみとしたおれの言葉に、彼は腕を組んでううんとうなった。
「世界樹への通行証とアリアドネの糸」
「そ、それは皆も気づかなかったんじゃん!」
「リスに糸をとられた」
「うっ……」
 二回、と。重々しくパラディンはつけくわえる。うん、あの時の一触即発っぷりは今でも身震いが来る。
「湖に落ちた触媒をひっくり返した雪だるまに手を出したらとんでもなく強い魔物だった連携できなかった自主的に毒をあおったええとそれから」
「あれはおれも被害者だろ!」
 最後の一つについてだけ抗議し、おれはがっくりと肩を落とした。……ああそれに、いくら混乱してたとはいえ、袈裟がけに叩き切って傷跡が残るような重傷をおわせた、と。
「……それにしたって、一緒に飯も食いたくないほど嫌わなくたって」
「まぁ、人それぞれだ」
 パラディンは再度肩をすくめる。そして、まぁ飲むか、と。アルケミストから受け取った金を差し出す。うなだれたままおれは小さくうなずき、それを受け取った。どこへ行くんだという彼に、いつもの場所でいいだろうと返しつつ、おれはとぼとぼと宿を出た。


 数日後、いくらかの特訓を経て、新しい技を身につけたおれは意気揚揚と世界樹に向かっていた。
 そして、面白いことなど世界中どこにもないといった仏頂面のアルケミストに声をかける。ああうん、嫌われてるのは仕方ないとしても、折角だからこれだけは伝えておきたい。
「新しい技を身につけたんだ」
 きょとんとした表情で彼はおれを見返した。返答に困っている様子にも見える。まぁ確かに、この手のことはギルドマスターに言うべきことで、次が同じ前衛のパラディンか。彼にしてみれば、そりゃあおめでとうと言うくらいしかできないだろう。だけど今回は違うんだな。
「頭封じの技を身につけたから、この前みたいなことになっても、もっとうまくなんとかでき……る……から、ええと」
 なんだか、彼の表情が少しずつ険しくなっているような気がして、おれは半端に言葉を切った。え? 何? ちょ、もしかして危険な世界樹で余計な口をきくなってこと? いやでも、まだ磁軸だろ? 世界樹っても入り口もいいところじゃん。
「……多分、術が……なければ。いくらでも取り押さえ……られるかなー、なんて……」
 足を止めていたおれたちを、メディックが呼ぶ。……っと、いけね。
「そうだな、それは安心だ」
 急いで磁軸へと近寄ろうとしたおれにむかい、アルケミストが冷たい声で言った。
「おれも、オマエをどうにかするなら無属性一発では足りないということを、この前知ったわけだ。安心していくらでもおかしくなるといい」
 とてもきれいな笑顔で笑うと、アルケミストはさっさと歩き出した。おれは思わず再度足を止めていた。……もしかしなくても、ものすごい勢いで怒ってます? なんで?
 磁軸に触れる彼を見るともなしに見ながら、おれは呆然と立ちすくんだ。

fin

遺都シンジュクより入手せし書物を翻訳
 C/Guild GBaculogypsina sphaerulata