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ソードマンの独白8

 すり傷とうちみ、歯跡と切り傷火傷にまみれて宿に帰ったおれたち――ガンナーとアルケミスト、そしておれことソードマンを迎えたのは、メディックの総毛だつような……もとい、穏やかな微笑みだった。許可をとっていなかったのかと言うガンナーの囁きについては、おれも同感だった。アルケミストが、いつものように、何の必要があるとうそぶくことなく黙ってうなずいたのは、おれの怪我とガンナーの疲労を気にしているのか、さすがの彼もメディックにだけは逆らえないからなのか。
 これが薬泉院のボスならば、並んで正座で足の感覚がなくなるまで説教をうけるとなることだろう。だが、我らがメディックは違う。手短に事情を尋ね、事実関係を確認する。一つうなずくと、首謀者のアルケミストをのぞいて、とにかく今日は休むようにとの指示を出した。そて、おれに対しては、きちんと傷口を洗うよう言って、火傷の薬をさしだす。手伝ってあげてくださいの言葉を、ガンナーは了解した。最後に、メディックは、樹に入る場合には必ず自分に報告するようにと釘をさした。必ずそうしますと声を合わせるおれとガンナーに対し、小春日よりの微笑みを向け、おやすみなさいと口にする。
 この後、アルケミストがどんな追及を受けたのかは知らない。少しばかり好奇心がうずかなくもないけれど、この件はこれでおわりだ。少なくともおれはそう思っていた。
 次の次の日、またもや真剣な表情のアルケミストにつかまるまでは。


「イヤだ」
 アルケミストが用件を言い終わるか終わらないうちに、おれはそう口にした。
「この前から交易所に並んだ斧の代金を出してやると言ってもか」
「……」
 正直揺らいだ。彼が言うこの前から――というのは、雷鳴をまとったアレのことに違いない。すいこまれそうな刃の輝きは、刀独特のぬめるようなそれに似ていた。それでいて、今の斧以上の重量感。その中に、軽やかに浮かび上がる紋章。うっすらと規則正しく浮かぶ地紋の妖しさは、手を伸ばさずにはいられない美しさだ。すべてが武器の格を表しているみたいで、おれはあれを見た瞬間、正直鼓動が高鳴った。確かに、欲しい。今の階層が氷雪でなかったとしても、交易所の女の子に他の相手に売らないでくれと泣きついてたと思う。それほどに、あの斧はおれの目をひきつけたのだ。
 もちろん、お値段は笑っちゃうほど高い。酒場での打ち上げを我慢するとかしないとか、そんなレベルでは到底及ばないほどの値段がついていた。そう、皆との探索以外、こっそりと採取でおこづかいを稼ごうかなんて悪いことを考えていたほどだ。少しだけ。
 こくりと喉がなった。
 って、いやいやいやいやいやいや。
 命あっての物種とはまさにこのこと。強力な武器を夢見ながら、世界樹のエサになるなんてのは、本末転倒もいいところだ。愚挙とかそういうレベルにすらなっていない。
 おれはあわてて首を横にふった。
「ああいうのは、もう少しできてからやれ」
 葛藤を見抜いたのか、アルケミストの片方の眉があがる。うるさい。
 全く。前回は、散々だった。ガンナーの銃声で集まってきた魔物こそ、大した相手じゃない。普段ならば、あのあたりは、鼻歌まじりで散歩できるような場所だ。だが。剣をふりおろせば、手元で炎がはじける。切りかかれば、頬を熱がかすめていく。一番酷いパターンは、よりによって剣の柄に異様な熱を感じるというやつだ。大慌てで剣を放り出し、魔物から逃げだすハメになった。あれはもう、コントロールがどうとかいうレベルじゃあない。まずは宿屋の庭とかで、動かない標的に当てるところからはじめるべきだ。次の段階が、どれを狙ってるか大声で自己申告ってところか。って、術の開放前には声が出せないんだっけ。
 まぁ、彼なりに一生懸命なんだということは認める。酷い目にあったっていうのも、彼がわざとやったとは思っていない。ただ少しばかり先走りすぎているんだと思う。まー、気が短いヤツだし。だから、どうしても練習につきあえって言うのなら考える。今回の魔物と対峙するのに間に合うかどうかはわからないけど。
 彼は不機嫌に眉を寄せ、唇を噛んだ。
「庭に干してあるタオルに当てられるようになったなら、多分誰か付き合ってくれるよ」
 今のままじゃ無理だろうけど、と。諭すように言ったところ、睨まれた。おいおい、おれだってこの前バードと一緒にレンジャーに教えてもらったばかりの弓を担いで樹海に入ろうなんて思わないぞ。
「誰かじゃなくて、オマエに頼みたいと言っている」
 全く、それくらいもわからないのかと嘆息するアルケミストの目つきは、粗相をする家畜を見るみたいな代物だった。……これを頼んでるというのなら、きっと年貢の取立ては丁重なおねがいだ。
「庭に干してあるタオルに当てられたら、つきあってくれるんだな」
 なんだかやけに嫌味ったらしい口調で、アルケミストは念を押した。仕方なしに、おれは頷く。でも、できるのかと揶揄するのは忘れなかった。
 アルケミストは鼻先で笑った。そして、なにかをおれにさしだしてくる。反射的に受け取ってから気づいた。可細いリボンだった。
 瞬間、はじけた。
 これならいいのかと尋ねられ、おれはしぶしぶ頷いた。口は災いの元。


 今度は、物言わぬ狼につきあってもらった。メディックのところに、散歩に行ってくると自己申告したところ、一緒に行ってきてくださいと言われたのだ。
 散歩に飢えていたらしい彼は、上機嫌でおれたちの少し前を歩いていた。
 やがて、樹海の中の小さな広場にたどりついたところで、おれは彼に止まるようにと声をかけた。何だこんなトコか、もっと奥に行くんじゃないかと不満げに鼻を鳴らす彼に対し、おれは少し待って欲しいと頼む。
 アルケミストの方は、文句がないらしい。ひとつためいきをつき、おれは狼に魔物を集めてくれるようにと頼んだ。不思議そうに首をかしげたあと、彼は、天に向かって一声鳴いた。
 彼の力強い遠吠えに、近隣の木々が揺れる。
「なぁ」
 おれは全身であたりの気配を探りならがアルケミストに尋ねた。
「何か意識しとくこととかないのか?」
 ない、と。にべもない返事だった。どうしろと。ああくそ、また打ち身とやけどのフルコースなんだろうか神様。
 ガサリと藪が鳴った。狼が身を低くする。アルケミストが狼に待てを要求した。おれは、内心の忸怩たる思いをふりきって、飛び出してきた魔物へと近づいた。
 魔物は三匹。左端を狙って前に出る。現出は、前回よりも早かった。剣を振り下ろすよ少し前に、魔物が炎に包まれる。適切な燃料のないそれは、結構すぐに姿を消す。ああ、これなら。つまり、彼は、自分から見えない位置で適当に炎を現出させようとしていたのか?
 そう考えながら振るった剣は、やすやすと小動物――ただし、爪と牙はおそろしく鋭いそれを切り裂いた。重心の移動を加減して、隣からの爪をやりすごす。飛びかかってきた魔物が地面に落ちたところで、背に剣をつきたてた。引き抜いた後から、その死体が燃え上がる。
 これならいける! そう思って、最後の魔物に対して払った瞬間、おれは悲鳴とともに剣を取り落としていた。
 狼くんありがとう。そして、アルケミストはあとでしばく。
 何やってんだとでも言いたげな狼の顔を見返して、おれはそんなことを考えていた。剣のにぎりの部分から伝わってきた異様な熱。それこそ、沸いたばかりのやかんを素手で触ったみたいなそれは、どう見てもアルケミストの仕業だ。
 さめただろうか? おそるおそる、おれは地面の剣に手を伸ばした。なんとか握れる熱さなのを確かめて、鞘に収める。
「なんだ、結構できてんじゃん」
 最初二回は、と。そう言ったところ、アルケミストの眉間に深いしわが刻まれた。何? 文句あんの?
「……もう一回頼む」
 ……なんだか悪い予感がする。狼の首筋を弄りながらのアルケミストの言葉に、うなじのあたりの産毛がちりちり逆立った。だからオマエは何を狙って、俺に何をさせたいんだ。
「いいけど。何させたいんだよ、ホント」
 しばし、アルケミストは黙り込んだ。そして、相談するみたいな表情で狼を見下ろす。太いしっぽが、ぱたりと一回動いた。
 そして。意を決した様子で、彼は言った。
「焔の術にあわせての剣の攻撃で、どこまで効果が変化するか調べたい」
 ……とりあえず今のところ、俺が怪我をするとゆー追加効果があるよーな気がする。とてもとても正直なおれの気持ちが表情に出ていたのだろう。アルケミストは、むっとした様子でおれを睨んだ。いや、権利はあると思うぞ。
「てか、だとしたら、後ろの気配とか気にしたほうが」
「不要だ」
 あのね。ホントに不要なら、おれはたぶん、怪我してないと思うんだけど。
「オマエの動きならわかる」
 そう言って、アルケミストはぷいと目をそらす。……。おれ程度の太刀筋なら読めるとおっしゃってますかこの頭脳労働者は。早くしろとかなんとかほざくのに対し、おれは自分の表情が険しくなるのを抑えられなかった。
 確かにな。上には上がいるだろう。――ここまで世界樹を上ってきたのは、おれだけの能力だというつもりはない。だけど、乳母日傘で手を引いてきてもらったってことも、ぜったいにない。
 アルケミストは狼をのぞきこんでいた。次を頼むと言う彼の言葉に、誇り高き獣が従おうとしないからだろう。何故なら。
 おれは剣を抜いた。そして、アルケミストに切りかかる。頬の皮膚一枚を切り裂く勢いで、彼の背後の木に剣が突き刺さった。
 彼は、目を見開いていた。軌道に反応できなかったのは明白だ。
「だれがわかるって?」
 歪んだ笑みを、アルケミストは見返した。やがて。
「あそんでないで次だ」
 心底馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らされた。……。まぁ、ね。
 おれは、剣を引いた。そして、狼に合図をし、次の魔物を待ち構えた。


 幾度目だろう。いったい何匹の魔物がこの世界樹の中にはいるんだろう。またもや現れてきた三匹の魔物に向かって、おれは切りかかった。ほっぺたや手足はもう火傷だらけだ。アルケミストの焔は、なれるにしたがって、迷惑な場所ばかりを選んではじけはじめた。いまはもう、ほぼ百発百中、剣の柄にくる。毎度毎度の剣をとりおとすさまに、狼もおれが魔物に切りかかるやいなや、近づいてくるようになった。
 一匹の魔物を切り捨て、他の魔物はと重心を移動させたその時だった。目の前で、大きなモグラが焔に包まれる。
 ああ、久々に熱い思いをしないですんだなと思うまもなく、腕が動いた。ふわりと何か気流に促されたみたいだった。なめらかにモグラの腹に吸い込まれていく剣の切っ先が、やけにゆっくりに見える。結構、無茶な動きをしたはずなんだけど、全身の筋肉は何一つ文句を言わない。むしろ、あるべき姿をなぞってるみたいな心地よさがあった。モグラがあげる断末魔の悲鳴すら、予定調和を思わせた。
 思わず動作が止まった。もう一匹残っているにも関わらず、だ。それほどに奇妙な感覚だったのだと言ったところで、魔物が待ってくれるはずもない。
 おれの横を黒い疾風が走り抜けた。
「あ」
 最後の一匹を口にくわえ、何か見透かしたみたいな表情でおれを見上げてくる狼。そうしてはじめて、やっとおれは我に返った。
「やった!」
 いそいで振り返るのと、アルケミストが喜びの声をあげるのはほぼ同時だった。普段は、人から三歩くらい離れた場所に陣取る彼が、ここにいる全員――おれも含めての肩を叩き抱き合って喜ばんばかりの表情で笑っていた。
 ――これか。やっと納得できて、おれは頷いた。
「いいんだな、コレで」
 当然だと傲慢な、それでいて得意そうな声が帰ってくるかと思いきや、彼は何度も無言で頷いた。声が出ないみたいだった。
「もう一回?」
 口元を歪めてのおれの問いに、アルケミストは頷いた。そして、狼を見る。おれとアルケミスト二人の視線をあびて、再度狼は遠吠えをあげた。


 うん。いけたとおもったんだよ。その時は。
 その後の検証で、成功率は二割程度らしいというのがわかった。うう……火傷が、火傷が。
「むりだろう、これは」
 きっぱりとそう言い切った。アルケミストはとても不服そうだった。
 目当ては例の強力な魔物だと、アルケミストは言った。まぁ、始めた時期から考えてね、それしかないとは思う。けれど。
 切りかかるたびに剣を取り落として火傷に苦しむ攻撃って、やっぱり無理だろう。まあなぁ、うまいこといけば強力だけど。うまいこといけば。
 うん、無理ですよコレ。きっぱりと言い切り、やっぱり剣じゃなくて斧を使うつもりだと宣言する。ついでに、買ってくれるといっていたよなと確かめた。
 だいぶ顔をひきつらせていたけれど、最後には彼もあきらめてくれた。ああ助かった。
 明日の晩は、またあの階層に向かう予定だ。とりあえず、斧は新調できたし、少しは勝率もあがったんじゃないかと思う。連携は無理だったけどな。さすがの彼だって、アレを目の前に実験に走ることはないだろう。きっと。まぁ、その時は、メディックがなんとかしてくれるさ。

fin.