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ソードマンの独白5

「おいこら、ちょっと待ちやがれひよっこども」
 通りに響いたその声には、とてもとても心当たりがあった。いつもの酒場の、いつもの看板の下。店の奥のビヤ樽によく似た店主が、大きな動作で誰かをさし招いている。
 おれたちは彼からいくばくかの探索の依頼を請け負っている最中だ。進捗は――あまりよくない。さっさと終わらせろと文句を言われる心当たりばかりが募り、互いに顔を見合わせる。
 おそるおそる自分の顔を指さすおれに、ほかにだれがいるんだと彼は大きくうなずいた。おれたちは再度、互いの顔を伺いあった。
 呼んだんだからさっさときやがれと言われたのに対し、声をそろえて返事をする。そしておれたちは店へと足を踏み入れた。
「なーにしんきくさい顔をしてやがる。まずは一杯か? それとも」
 そろそろと店に入り、カウンターに並んで腰を下すおれたちを見、彼は豪快に笑った。
 とりあえずおれたちは、受けている最中の依頼にはふれず、曖昧な笑みを浮かべ、繁盛しているようで何よりと伝える。
 彼は、満面の笑みを浮かべておれたちを見回した。
「仕事だ」
 はいごめんなさい、もう少しかかります。言葉にはせずに小さくなるおれの頭を、彼はまるで小さな子供にでもするみたいにかきまわした。
「いやぁ、この前のオマエの仕事っぷりがよくってな」
 そう言って豪快に笑いながら、乱暴におれの頭を撫でる。なんとか言いやがれと言われても答えようのないおれに代わり、アルケミストが答えた。
「うそだろ」
 にべもない。
「うそなもんか。その証拠に、ほれ。今度はパラディンが必要だそうだ。おまえらのギルドなら間違いないんじゃないかとさ」
 ばしんと肩を叩いて、てのひらが離れていく。やっとこさおれは大きく息をついた。
「というわけでだ。おい、オマエだオマエ」
 そう言って、彼は重量級の鎧を着こんだ大柄な男を指す。自分を指さして目を丸くするパラディンの腕を掴み――鎧姿でなければ、間違いなく襟首を掴んでいただろう、ぐいとひく。
 彼の行為が予想できていたためと、本人の重量の両方だろう。彼は椅子にはりついたみたいに動かない。
「とりあえず来やがれ。ひよっこがひよっこを指導するだけで報酬がもらえるんだ。楽なもんだろうホラ」
 それとも、オマエらはオレの頼みを断るのかとか何とか。オヤジはおれたちを半眼で見すえた。ゆっくりとメディックがうなずいた。それを見て、パラディンはやっと椅子から立ち上がる。
 ただ行けばいいというものじゃあないだろう。時間は、準備はと尋ねる彼に、オヤジは問題ない問題ないとてのひらをふる。何だ一体、指導する側にも普通は準備というものが。まえのを思い出せ。
「細かいことは気にすんな」
 じゃあ行ってくるからオマエたちは留守番をしてろと、オヤジは言い放つ。大急ぎで店を出ていく後ろ姿と、それにつき従う偉丈夫を見送ってから、おれたちは顔を見合わせた。
 今のところ、店内に客の姿はない。夜こそこの店は繁盛しているが、昼間は閑古鳥が鳴く。留守番の役割なんてのは、たぬきの置物ほどにもない。
 とはいえ、絶対に客が来ないいうわけではない。折よくというべきか、悪しくというべきか。店の入り口が勢いよく開いた。
 反射的にいらっしゃいませと返しながら、おれは考えた。
 もしかしてこれは、ただ働きというやつだろうか。

fin.
2008年04月25日 おんせんにっき