同じ距離を、街の中かけまわれと言われれば、半日もかからないだろう。もしかすると、息一つ乱さないかもしれない。
地図は遅々として大きくならなかった。今までの道のりと、アルケミストの調子を見比べながら、慎重に上を目指す。ほんの一筆すら書き加えることなしに、帰還を決めることすらあった。
未だ、上への道はない。今日はおれが倒れてしまったこともあって、比較的帰還がはやかった。いつもよりも、アルケミストとメディックも比較的元気そうな顔色だ。それならばと、薬泉院で無茶をしてはいけないと諭された後、皆で交易所に向かった。
樹の中で得たわずかばかりの獲物を差し出し、いくらかのenを受け取る。それじゃあまたと、いつもの通り機械的に言って店を出ようとしたところ、メディックがおれの袖を引いた。
言われて気づく。店番の少女が、何か言いたげな顔をしている。
そういえば、ここしばらくは獲物をenと交換するのが精一杯で、彼女の顔もろくすっぽ見てはいなかった。あたらしい武器でもできたというのだろうか。もっとも、おれたちの懐具合では、日常品に毛が生えた程度のものを入手するのが精一杯だろうが。
「あの、もしかして、公宮で何かもらっていませんか?」
おれが立ち止まったため、彼女は精一杯という表情でそう口にした。
その言葉に、先日のミッションの後、何やら書面をもらっていたことを思い出す。世界樹探索の許可が出たとか何とか、樹の中に置き去りにしてきておきながら何を言っているんだと思ったものだ。
そういえばと、大仰な印のある小さな書面を渡すと、彼女は顔を輝かせた。
「ああ、やっぱり試練を終えていらしたんですね。もしかしたらと思っていたんです」
そして、彼女は奥の棚から白く柔らかな糸のかたまりを取り出してきた。
「こちら、迷宮探索の必需品となるアリアドネの糸になります。えっと、迷宮のどこにいてもすぐに街に帰還できるというもので、公宮の許可が降りた方にしかお譲りできないんです」
よかったと、我がことのように笑う少女の顔に思い出すは、ここから帰れとおれたちを置き去りにした兵士の顔。ああ、そういうことか。それで、追うことはかなわなかったのか、と。
これがあれば、探索距離が伸びる。きっと、もっと楽に奥に進めるだろう。もしも誰かが意識を失うほどの怪我を負っても、すぐにつれて帰って薬泉院にかけこめる。
それじゃあさっそく一つもらおうか、と。得たばかりのenを差し出しながら、おれは考えていた。
宿に戻った後、おれは布団蒸し程度で済むだろうか。先ほどから、仲間たちの視線がとても痛い。
fin.
2008年02月23日 おんせんにっき