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ソードマンの独白-3

 うららかに晴れた日の午後、とゆーか昼直後だった。いくつかの依頼がとんとん拍子に片付き、おおと感心するくらいに懐が暖かくなったある日のことだった。武器防具の手入れでもするか、それとも惰眠をむさぼるか。昼食の後、そんな贅沢な悩みに身を任せていたおれは、横柄に呼び止められた。
「ヒマか?」
 そんな単刀直入な言葉にウソをつく理由もなく、おれは頷いた。すると、いいともわるいとも口にする前に、ならちょうどいいつきあえ、と、そう言って彼はおれの襟首をつかんだ。つーか、アンタそれ取っ手じゃないっつーの。
 ヒマだろうと確定形じゃなかったのをありがたく思うべきなんだろーか。何か怒られるよーなことをしただろうか、いやそれならその場で雷が落ちているはず。そう、彼に言わせれば、家畜が粗相をしたらその場で叱らないとダメだとかなんとか、そーゆーやつだそうだ。だとすれば。……いやいや、いくらなんでもそれは。数日前のできごとでなんとなく淡い期待と言うか恐怖というか、あれ? そんなのが頭をかすめてみたりしつつ、あっという間におれは彼――アルケミストの部屋に連れ込まれていた。まぁ、抵抗もしてないし、所詮は宿の内部(なか)だしね。
 何の用なんだという問いに答えようともせず、彼はおれをベッドに放り出した。って、ちょっと待て! マジでそれかよ! いや確かに休みだけど、だけど今何時だよ、いくらなんでもただれすぎてないか!?
 そんな焦りを知ってか知らずか――って、これめちゃくちゃ言葉の綾ってやつだよな、明らかに気づかない・気にしようともしてない表情で、机の上にあった本を二冊取り上げると、彼もまたベッドの上に乗る。
 期待……いやいや、恐れにおののくおれを押し倒すと、彼は容赦なくその上に乗った……じゃなくて、背を預けた。もしもし?
「……何?」
 まぁ確かに、本使って何するんだよという話はあるんだけど。姿勢を整え終えた彼に対し、恐る恐るおれはそう尋ねた。
「しばらくつきあえ」
 そう言って彼は、こちらを見もせずに分厚い方の本を開く。
「……そーゆーのって、連れてくる前に聞くんじゃない?」
「そうか?」
 聞いてない。明らかに聞いてない。口調といい、背中の感触といい、どー見ても聞いてない。聞く気がない。アンタはそうやって本読んでるからいいけど、おれはどうしろっていうんだよ。何もすることないじゃん。
 もう一度、今度はもう少しきつめに言うかと息を吸い込んだところ、目の前に薄い本が差し出された。
「看板くらい読めるようになったほうがいいだろう」
 教えてやるから少しは学べ、と。自分の本から一時たりとも目を離すことなく、彼はそう言った。……。……。って、ぶっちゃけ文字の読みからあやしいおれが、知識職がもってるよーな本が読めるか。何考えてんだこの人は。
 そう思いつつ開いてみた薄い本は、どうも様子が違った。メディックや彼が見てたりするのにくらべて、明らかに文字の大きさが大きい。ついでに、絵なんかものってたりする。
「これ……」
「わからなかったら言え」
 自分の本のページをめくりながら、彼はそっけなく言った。おれの意見を聞く気はどこにもないようだ。何がかなしゅーてこんな天気のいい昼下がりに、部屋にこもって本なんか見てなきゃいけないんだ。いや確かに、彼のいうとおり看板くらい読めるようにというのは間違っちゃいないけど。
 とりあえず彼はどくつもりはないらしい。まぁ、どかそうと思えばなんとでもなる。さて。
 ……。やることないなー。
 ただそれだけの理由で、転がったまま再度おれは渡された本に目を落とした。さすがに自分の名前に使われてる文字くらいはなんとなくわかる。あとは地図に出てくるおきまりの単語くらいか。そこまでなんとかなったところで、メディックが匙を投げたとかそーゆー。いやいや、なんとかなってるからいらないという確固たる意思が通じた、と。そういうことで。で、それがわかったからと言って、今見てるものに対してなんになるかとゆーと……うん、なんにもならない。
 指先で曲線をたどり、ええと何て読むんだっけと文字を口に出す。隣に書いてある単語は無理。そう思っていたら、低い声がさらりと単語の読みを口にした。らしい。
「え?」
「五ページ目だろう」
 と言われても。……一枚二枚と紙を数えていると、数字も無理なのかと尋ねられた。
「ええと、何で」
 ……どうしてそうなる。
「ページの下に番号がある」
 あれ? そういうもの? でも、これ、なんかおれの知ってる数字と違う。ていうか何でわかるんだ。どーみてもこっちは見ずに自分の本に集中してるように見えるんだけど。
「ついでに言っておくと、紙を数えるとページ番号とは違った結果になるはずだ」
「……何で」
「表紙から数えはじめる」
 そう言って、ほんの少し彼は姿勢を変えた。そして、少し本に顔を近づける。なんとなくおれは口を閉じて、もう一度指摘されたページに目を落とした。
 文字より数字の方が急務かもしれんな、と。彼はそう呟き、今見ていたところに指を挟むと、本の後半の方をぱらぱらと確認しはじめる。……いやアンタ、ほんっと冗談抜きで何してんだよ。そんなんでそーゆーしちめんどくさそうなのが頭に入るわけ? なんでこっちの様子がわかるんだ。……いや、頭撫でなくていいから。髪の毛引っ張るのはもっといらないから!
 目の前の本の内容以外のとこでもいろいろと疑問は多かったけど、口には出さなかった。多分、読める文字を口に出せば、即座に近辺の単語が返ってくるような気がする。だけと。ずるりと姿勢が変化する感触を感じながら、おれは数文字おきに出てくる知った文字の形を、ただ目で追っていた。
 おれが何もいわなければ、彼も何も言わない。通りの喧騒や、廊下を歩く足音なんかが聞こえてくる中、部屋の中でたてられた音はページを繰る静かな紙の音くらいだった。
 うん。不可抗力だと思うんだ。おれは薄い本を指先から解放し、おだやかなぬくもりの中、眠りに落ちていた。


 閉じていた目を開き、明るさにならす。あんまり時間はすぎてないみたいだった。まぁ、寝不足ってことはないからこんなもんだと思う。
 変化してたのは、アルケミストが持ってる本の左右のページのわりあいくらいだろうか。おれが寝てたとかそう言うのは、ぜんぜん彼に影響を与えてないみたいだった。いや変化あった。尻さわってんじゃねー。人が寝てる間に何してんだよアンタ。つか、何か探してる? なんかこう、時々指がからぶってるっぽいんだけど。
 ここに連れこまれたのが昼過ぎ。日はまだあるみたいだ。とはいえ、所詮は室内。どれくらいの時間なのかはさっぱりわからなかった。
 白い顔は、まったくもっておれに関心を抱いているように見えなかった。おれがいることを知ってるのは、妙な手の動きだけみたいだった。それもなんだか、ソファの肘おきを撫でてるとかそんな具合っぽい。ああ、また一枚ページがめくられた。彼はその分厚い本を読み終わるまで、おれにこうしてろっていうんだろうか。
 そう考えたところで、おれは夕飯時前にという用があったことを思い出した。おれは彼の袖を引いた。ほんの少し、ページを持つ手が揺れる。気づいてないってことはないだろう。
「ええと、夕飯前に散歩にでなきゃいけないんだけど」
 少し、背中にかかる重みが増した。狼と約束してる、と。そう口にすると、彼は小さく息をはき、姿勢を変化させた。背中が軽くなった。てことは、いいってことかな。
 そう考え、そろそろとおれは彼の下から抜け出した。う、やっぱ固まってる。
 ベッドから降りて、微妙に痛い腕とかを回して伸ばしてと整えていると、声がかかった。
「狼もいないのか」
「……? 日がくれる前に戻ってくるけど」
 何かヘンな言い方だな。ぱしぱしと瞬きし、眉間をおさえ、彼はそうかと頷いた。
「行ってこい」
 言われなくともそーする、と、そう言いたいところなんだけど。もしかして、いってらっしゃい気をつけての意味だったりするんだろーか。いや、考えすぎか。
「……行ってきます」
 なんだか必要以上に丁寧なあいさつをしておれは彼を見た。姿勢を整え終わった彼は、再度本の続きに意識を戻している。ちょっとだけ観察して、とくに反応がないのを確かめると、おれはそっと部屋を出た。


 狼の散歩につきあい、街の周りと世界樹の下層を縦横無尽に走り回る間、さっきの彼はいったいなんなんだろうかといろいろ考えていた。
 ああもあろう、こうもあろう、と。怒るべきじゃね? から、嬉し恥ずかしなのまで、いろんな考え方ができる。っても、結局のところ彼に聞かない限り、ぜったい答えは出ない。
 ……とりあえず、枕の高さが足りなかったからというのだけは断固違うはずと思っておく。でも、なんかこれが一番ありそうなんだよなぁ。

fin.