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ソードマンの独白 -2

 めちゃくちゃ怖いもののことを、心胆寒からしめるとゆーらしい。なんてつまらないことを思い出す程度には、今現在おれはその言葉を体感していた。
 冷たい金属が無遠慮に喉を圧迫している。というか、てのひらが喉にはりついている。指先がくいこむ感触に情けない声をあげた。
 ええと。野盗につかまって、今まさに身ぐるみをはがされようとしているわけじゃない。つか、ソードマンとしてそういうのはかなり恥ずかしいと思う。もっとも、今の状況は、ソードマンとしてじゃなくて、人としてかなり恥ずかしい状況なんだけど。
 何の拍子か、確率の女神のいたずらか。常日頃人(おれ)のことを家畜だカマドウマだのと罵り蹴りを入れるギルドのアルケミストと、まぁなんというかそれそういうことをいたしてしまったというかされたというかいや合意でそろそろ一月。で。以降なんとなくいろいろともてあそばれてるとゆーか可愛がられてるとゆーか、ぶっちゃけ昼間の態度とは別人じゃなかろーかというレベルで、優しくされていたりする。特定の時間場所において。で、まぁ、今おれをそう心胆寒からしめているのは件の彼だ。もっとも今は夜も夜、とりあえづお互いにとてもとても人前には出られない格好で、ベッドの上にいたりする。いつもならば、こっちが戸惑うレベルで甘かったりしてる場面なんだけど、今回ばかりはさにあらず。ええと、全面的におれが悪いです、はい。
 ひどく苦労している様子で、彼は小指から順番におれの喉から指をひっぺがしつつあった。そして、ようやくといった調子でてのひらを引き、大きく息を吐く。少し落ち着いてくれただろうかという希望的観測で声をかけようとしたところ、おれはベッドカバーだのなんだのを巻き添えに勢いよくベッドから蹴り落とされていた。
 完全に虚をつかれ、受け身もとらずにベッドから転がり落ちたおれを、アルケミストは冷ややかな目で見下ろした。表情と下半身の状態の対比におれは思わず息をのむ。
「途中で気が変わるのを否定する気はない。ああまったくいつものことだ」
 そう言って彼は、皮肉に口の端を引き上げた。
「だが、もう少し引き際というものは早めに判断してくれないか。その家畜なみの頭で理解できるか不安なところだが、再三の事態にリクエストだけはさせてもらう」
 おぼえておいてもらいたい、と。静かな声に、おれは思わずびくりと震えた。ええと、と。口を開きかけるも、おそろしく冷たい目つきに、おれは何も言うべきことなんか思いついてなかったことに気づき、ただ黙ってうなずいた。にっこりとアルケミストは微笑んだ。こんな怖い笑顔は、どちらかというとギルドマスターのメディックが専門だと思う。
「理解したならとっとと帰れ」
 一語一語区切るような発音だった。反論の余地はない。あんまりにも痛いと挿入行為を勘弁してもらったあげく、落ち着かせてくるという彼を引きとめ、かなりイヤそうにもかかわらず触れて、さらには煽るだけ煽ってゴメン無理と放り出した。怒られないはずがないとか。蹴りだされるだけというのは、もしかしたらかなり優しいのかもしれないとか。むしろ今日より明日が怖いとか。はい、と。ぎこちなく頷くと、おれはそのへんに落ちてる自分の服に手を伸ばした。
 伸ばして、もそもそと身につけようとして気づいた。ええと。どういうことでしょうか。うん。確かに短い時間だけど、あれだけコワい思いをしといて、どうしてボクの下半身はお元気なのでしょうか。確かに、いろいろとしてた状態だから何も着てなかったとか、ついでにじゃれてる間についた跡とかそういうのが散ってたとか、やっぱ微妙に目が潤んでたのは怒ってたからじゃなくて多分状態が状態ってやつだよねとか、色白だから顔とか紅潮してるのがわかりやすいとか。……あの家畜とか何とかっていつもの決まり文句だからちょっと落ち着くとか。ていうかそのおてつだいしてるときの感じ思い出し……あ。
 服装を整える手をとめ、おれはええとと口に出した。何だとか、うん、そういうのは返ってきませんね。そりゃそうだよな。そう思いつつちらりと見た相手は、まったくもって目の毒だったとか勘弁してくださいお願いします。
「……で、出てくけど、ちょっと待って」
「ほぅ?」
 寝言抜かしてんじゃねぇぞしのご言わずにケツまくって出ていきやがれこの家畜が、かな。一言にぎっちり凝縮された意味を展開すると。微かに上気した顔で目を細め、身体を丸めつつもよくまぁそこまで冷たい声が出せますねとか、いっそ感動の嵐。……本人には絶対言えないけど。
 もちろんおれも、さっさと行った方がいいのはわかってる、んだけど。いや、そういう、ね。正直コワいのはいつものことだから、こう、見えるものってのがこう状況をかなり左右するわけで。……立てないってことは、ない、けど。部屋まではこっそり帰れる、と思う、けど。おれ、大部屋なんだよな。帰れりゃ終わりというわけにはちょっと。
 いや、行きます、行きますってば、と。あわをくって口にするも動作は鈍い。ていうか、ちょ、巻き添えにしたものひっぱらないでください。
「それは持ってくな」
 服を着て出てけ、と、懇切丁寧な指示。そりゃそーですよね。お休みになるなら、何かかけないと寒いですよね。いやおれも持ってく気は全然ないです。ただちょっとお待ちいただけないでしょ―かと。……なんか不審げに見られてるし。次の瞬間、ぐいと思い切り再度ひっぱられ、おれはうわと間抜けな声をあげてバランスを崩した。あの、すいません。指ささないでくださいお願いします。ほんっとみもふたもないなこの人。ついでに深い深いため息ってうあああああああ。
 探し物:顔を埋めてじたばたするための枕。
 いや、すぐそこにはあるけどくれたりはしないよなー、と。明らかに現実逃避の思考をめぐらす目の前に、金属が埋め込まれたてのひらがさしだされた。
「あのな。そういう場合、言うべきセリフが違うだろう」
 呆れたようなためいきの後の言葉は、これがさっきと同一人物かと思うほどに柔らかい。……きりかえはやいよな、アンタ。
 んなこと言ったって、その気になったところで力加減が怪しくなりそうなやつに急所をゆだねる気はないとかゆーて思い切りヤな顔したのアンタじゃん。確かにおれ自身もかなり自信ないというか、大丈夫なんだなと改めて聞かれると微妙だけど。いや、アンタがいうように命の危機みたいのはないとしても!
「床であれこれされるのがイヤならさっさと上がって来い」
「はい、ごめんなさい」
 さすがにいらだちのこもった言葉におとなしく頭を下げると、おれはもそもそとベッドの上にあがった。どうしようと戸惑っているところりと転がされ、上から見下ろされる。……この態勢苦手。
 目が泳ぐのがわかっているんだろう。小さく笑ったかと思うと、アルケミストは動くなおとなしくしてろと言い放って、ぱさりと上掛けをかぶった。って、なにすんの?
 戸惑っていると、自分のがぬるりとした感触につつまれ、うわとおれは声をあげた。同時に、かつてされたことを思い出しあわててベッドカバーをひっぺがす、いやひっぺがそうとしたら痛い痛い痛い待って、ちょっと待って、たってるっつってもマジで痛いからそれ。
 めくんなという言葉とともに、ぎりぎりとカリ首のあたりに容赦なく指先をつきたてられ、おれは早々にギブアップする。というかもしかしなくとも、おれよかこの人のが扱い荒くないか? そんなとこ鍛えられないっつーの。
「おれはオマエほど物覚えが悪くはない」
 嫌がったことはしないから大人しくしてろ、と。優しいんだかひどいんだかわからないセリフがあったかと思うと、再度ぬめった感触に包まれる。いやあんまり安心できないんですけどとかなんとか思いつつも、決定的な言いかえしは思いつかず、ただおれは温かくて柔らかな愛撫に息を詰めた。
 前にしてくれたときに比べると、刺激が少ないような気がした。めくんなと言われてるので、実際何やってるかは見えないんだけど。少なくとも、思い切り深くくわえられたりとか、きつく吸われたりとかはされてない、気がする。ただゆるゆると舌と唇でたちあがったものの形をなぞられているばかりだった。多分。
 とはいっても、正直、くわえられてるだけでも相当気持ちいい。これは出せということなのかそれとも別の意図があるのか。見えないところで舌が絡みつくたび、おれはあがりそうになる情けない声をのみこみ、少し緩んだシーツに指をたてた。我慢しろとはいわれてない。それになんていうかアルケミストは別に平気らしいんだけど、やっぱその、あ、あんなの口に出しちゃまずいだろうとか、ていうかなんで平気なんだか全然わかんないし! なんてことをごちゃごちゃ考えていたところ、柔らかく口中で先の方を挟まれ、おれは思わず声をあげた。すると、ぱさりと音がして、上掛けの下からアルケミストが顔を出す。たちあがってるものの根元をきつく戒めながらの所作だった。
「限界か?」
 こくこくと無言のままおれは幾度も頷く。出していいといわれるのを心から期待していたが、返ってきたのはもう少し頑張れというにべもない言葉だった。
「うえ……」
 多分、まさにすがるような目というやつをしてたんじゃないかと思う。おそろしく情けない半泣きのおれの訴えは、あっさり退けられた。
 アルケミストは上掛けを後ろに落とし、身体を起こした。そして、口元を歪め、目を細めた。って、え、ちょ、い、嫌がったことはしないっつったじゃん! と、パニックにとらわれかけるも、すぐに体勢が少し違うことに気づく。ええとその、入れられたときっていうのは、足を開かされて、その間に入られてた。で、今は。上から見下ろされてるのは同じだけど、アルケミストはおれをまたいでいる。
 つ、と、指先で自らのものをなぞられ、おれは表情を歪めた。動くなとかすれた声で釘をさされ、唇を引き結んだまま頷く。ゆっくりとアルケミストは腰を落とした。自分のものの先が、アルケミストに当たるのがわかった。彼は眉を寄せた。指先が何かを確かめるように這いまわる。こくりと彼の喉が動くのがわかった。
「っ……!」
 くっとおれのが何かに入りこもうとしてるのがわかる。とても狭くてきつい場所を無理にこじあけている。ひくひくと不規則な刺激と痛いほどの締め付けが、少しずつ根元へと移動していくにつれ、おれは温かくて柔らかいものに包まれていった。
 根元まで内部に収めたところで、彼は大きく息を吐いた。そして、手を伸ばし、おれの前髪をかきあげる。口唇が緩やかな弧を描いていた。
「平気か?」
 意味を理解する前に、おれはこくこくと頷いていた。
「て、ていうか、その……い、痛く、ない?」
 先ほどの経験と、自らのものを圧迫する強さ。大きく薄い胸が上下するさまに、おれはあわててそう尋ねた。
「痛い」
 きっぱりと言い切ると、彼は表情を歪める。って、え? え? やっぱ痛い? そりゃ痛いよな、痛いはず。っていうか、なら、それなら。抜いた方がというか、抜かなきゃいけないんじゃないだろーか。わたわたと焦っているおれを無視し、彼は何やらその入ってる場所とかそのへんとかを確かめている。やがて確認が終わったのか、まぁ大丈夫かとひとりごちると、彼は再度おれを見下ろした。
「……ぬ、抜いた方が、いい?」
 何言ってんだとの呆れた言葉とともにでこピン。いたい。いやたぶん、彼ほど痛くはないけど。
「おとなしくしてろ。なえるな、出すのも多少は我慢しろ」
 な、なんか微妙に無理言われてる感が、ある、よううわ!
 いつもの口調ではあるけれど、なんだか表情が歪んでいる。だから、どうすればいいのかどうしようかと戸惑っていたら、微妙な力加減で自分のものが締め付けられた。再度おとなしくしろと言いながら、アルケミストは何かを探るように腰を動かす。
「い、位置って、なに?」
 なんとか気を散らそうと独り言を捉えてそう尋ねる。すると、そのうち教えてやるとだけ返ってきた。そろそろと彼が慎重に腰をあげていくと、思い切りたちあがったものが見えて、確かに繋がってるのがわかる。きつい締め付けと、柔らかく包み込まれる感触、ひやりとした外気。そしてそれらの割合が変化するさま。経験のない刺激ととんでもない光景に、思わずおれは目を閉じ声をもらした。
 ひたすらに身体をこわばらせて羊の数を数えていると、ひときわぎゅっと強くしめられた。その後ひくひくと不連続なしめつけが続き、聞いたことのない甘い声を聞く。なるほどと一人ごちる声。おい、と、低く呼ばれ、おれはそろそろと目を開いた。ええと。なんと言うか。見てるだけで危険な光景に、我知らずごくりと喉が動いた。
「え、えっと……お、おとなしくって言ってたけど、なんか、その……する?」
 頭の中に順不同で浮かぶ単語を一つ一つつかまえ、パズルでもやらされてるみたいな気分で言葉を繋げる。あ、ちょっと笑わないで。その状態で笑われると、すごい響くんですけどお願いします。
「身体を起こせるか?」
 ええと、多分。というか、彼が乗ってなければもちろん普通にできるけど。
「つ、つながったまま?」
 なんかとんでもないことを口走ったような気がして、カッと顔が熱を持つ。当然だと彼は頷いた。っていうか、その、そ、そんなことできる? の?
 彼が言うからには多分できるんだろう、と。そう考えて、やってみると言ってからおれは、ひじをついて少し上半身を起こした。えーと、腰の上に乗られてて、お、落としちゃいけないんだよな。だとするとこれくらいで限界で、多分これ以上だと腰を引かなきゃだめ、かな。重さはいいんだけど力の方向が分散する……。腕、立てないと無理か。足たててもいいのかな。でもやっぱ落としそうなとか、だからそのうあ、なんか締まってるし、ちょ、その声はその、それにこのまま身体起こすと角度的にええと多少は我慢しろとか、あれ? そもそも腹筋てどうやるんだっけ?
「……こら」
 ぺし、と、額を叩かれておれは我に返った。石化してるんじゃないと言われて、あうと情けない声をあげる。おれの表情を見、彼は一つためいきをついた。そして、眉を寄せるとどうやっていたかと呟いて、しばし後片手を出すようにと指示をする。重心を移動させてその通りにすると、彼の背へとまわすように言われた。ああ、なるほど。ええと、それなら、と。おれの動きにあわせるように、彼もまた注意深く膝をたてる。……。と、りあえず手探り手探り。
「おい。見苦しいのはわからんでもないが、そう露骨にされるのもあまりいい気がしないんだが」
 ほっぺたをひっぱられ、ぶんぶんと首を横にふった。ためいきの気配があったかと思うと、肩に重みを感じた。えと、あ、腕か。ええと、それと背中は、足だな。そして。
「動きたければ動け」
「ひゃ!」
 だがあまり無茶はするなの言葉とともに耳元を舐められ、おれは間抜けな声をあげた。
「ふ……」
 おれの答えなんか待ってなかったんだろう。アルケミストは、押し付けるようにして自ら動き出した。薄目をあけ、状況を確かめる。上気した顔で目を伏せ、途切れ途切れの吐息を漏らす。その表情に、思わず背にまわした腕に力をこめ、抱き寄せた。すると、甘い声とともに背中がきれいな弧を描く。
 ごくりと喉が鳴る。多分、彼の中におさまっているものが勢いを増したと思う。ぐっと抱き寄せたまま、少しだけ彼の身体を持ち上げる。彼はおれを見下ろし、唇に弧を描かせた。そうそうと吐息の間でもあからさまなほどに面白そうな声が降ってくる。ついでに後頭部を撫でられた。うう。
 ぐっと身体を押さえつけ、引き下すようにしながら、あごをあげる。頭を抱え込むような口づけをもらった。がんばれよとか、そういうのがなければ最高なのに。でも。
 ゆすり上げるたびに、声が上がり薄い胸が上下する。彼の計算通りというのがほとんどだけど、たまには予想外も混じってるみたいだ。時折不規則にしめつけられること。頭を抱え込む腕の力が強くなること。微かな声と震える身体。おれは、思わず彼の名を声に出していた。ほんの少し彼は目を見開き、細めた。
「もういい、出せ」
 背に回っていた腕の片方が降りた。何をするのかと思っていたら、自分のに触れている。もう一度名を呼んで、彼の頭に手を伸ばす。歯が当たるのもかまわずに、舌を絡ませる。抱きしめる腕に力を込めると、彼の身体がびくりと動くのがわかる。いつもよりずっとぎこちない舌とか、腹に当たる手の感触とか、ホントはもっと我慢していたかったんだけど、きつい輪で不規則にしめられながらこすりあげられる感触に耐えることはできなかった。
 声をあげ、思い切り内部に出すおれを焦点があわないくらいの近くで見て、アルケミストは笑みを浮かべる。
「もう少し、な」
 そう言って、おれの肩口に顔を押し付ける。しばし後、腕の中の身体が震えたかと思うと、腹に熱いなにかがかかるのがわかった。

 適当に身体を拭ったりとかなんとかしたあと、おれは身支度を整えるアルケミストをぼんやり眺めていた。なんとなく視線を落とし、自分の両手を見たりもする。それで、もう一回、視線をあげてみたりとか。なんかその、嘘みたいだなんて言うのも安っぽいけど、なんかまさにそういう気分だった。
「少し出てくる」
 もちろんいつもの服よりはずいぶん簡単だけど、とりあえず廊下を歩ける程度に身支度を終えたアルケミストがそう言った。って、え? なんで? 思わず、手を伸ばしかけるおれの動作に気づいたんだろう。
「後始末してくるだけだ」
 って、何? 心底不思議そうな表情になったんだろう。彼はおれの鼻を軽くつまんで人の悪い笑みを浮かべた。
「必要になったら、手とり足とりしっかり教えてやるから安心しろ」
 ……。……なんか、悪い予感がする。少し眉を寄せたところで、目元に唇が触れた。 
「帰っててもいいが、もしいるんなら、シーツをかえておいてくれるとありがたい。ただし、机の上のものは絶対に落とすななくすな順番も変えるな」
 そこまで言うと彼は身体を起こし、顔をしかめる。思わず伸ばしたおれの手をはじくと、それじゃあ頼んだと彼は踵を返す。ていうかまたなんか動き止まってるし。ちょ、出てくるってどこに? ホントに平気なのかよ。
 頼んだの一言でおれの心配をおさえつけると、彼は部屋を出ていった。
 ええと。扉が閉まってしばらくしてから、おれは動き出した。とりあえず服を着る。そして、新しいシーツの場所からきれいにたたまれたのを取り出し、ベッドのをひっぺがそうとして気づいた。
 机、だっけ。指示を思い出して確認したところで、おれは頭を抱えた。机の上には、神経質なまでにきれいに並べられた草とか砂とかがある。もちろん、そんなのを触る気なんか全然ない。けど、ここで勢いよくシーツをふるったりしたら、絶対になんか飛ぶ。飛んでもおれじゃわからない。拾えない戻せない。
 いつものカマドウマを見る表情が浮かんで、おれはちまちまと慎重にベッドメイクを行った。……あんまりきれいにならない。十才位の子供の仕業みたいななさけないさまに眉を寄せていたら、部屋の主が帰ってきた。まっさきに机の上を確認するあたり、まったく信頼されてない。うう。
 上出来上出来と呟きながら、彼はおれ……じゃなくて、ベッドに近寄ってきた。……こっちはお気に召さなかったらしい。とは言っても、特に文句を言うこともなく、手際よくベッドメイクを修正する。そして、気に入った状態になったところで上着を脱いで、ベッドに倒れこむ。
「どうするんだ?」
 寝がえりをうち、こっちを見上げながら、彼はそう尋ねた。尋ねた後に、あくびを一つ。ええと、と。口篭るおれから興味をなくしたように目をそらすと、かなりぐしゃぐしゃになってた毛布や何かをひきあげ、壁に向かって寝返りを打つ。
 なんかこう、ものすごくどうでもいいらしい。なんとなくあたりをうかがった後、おれはベッドに膝をついた。ちらりと彼はおれを見た。
「物好きな」
 ええと。もしかして嫌がられてるんだろ―かと動きが止まる。が、入れといった感じで、上掛けが持ち上げられた。すこしだけ迷った後、そろそろとおれはベッドにもぐりこんだ。息を詰めて様子をうかがうも、目の前の背中で変化したのは、持ち上げてた腕が降りたくらいだ。
 狭いベッドの中、目の前の身体を抱きこむように腕を伸ばそうとして、やめる。代わりに、上掛けにもぐりこんで、背中に額をおしつけた。しばらくじっとしていたけど、眠気は落ちてこない。むしろ、いろいろと目がさえるばかりだった。
 目の前の背中は、平和に上下している。よっぽど眠かったんだろうか。ほんとうにあっさりと眠りに落ちたらしい。
 エールができるときみたいに、落ち着きなくうずく衝動が、寝るのを妨害してた。ものすごく嬉しくて笑いたくなるような、身体の芯をぎゅっとつかまれるような、泣きたくなるようなよくわからない気分だった。ただ、ぎゅっと抱きしめたいという欲求だけは全部同じだった。
 ベッドの中で、こぶしを握る。ゆっくりと開く。つかんで引き寄せて、抱きしめた感触。その腕の中、貫かれた状態で震える身体。ときおりの、コントロールできていないらしい声。大半は彼の指示だったり、彼がうまくそうもっていったりとそういうとこだけど、それでもおれので良くなってくれた、のもある、はず。考えるだけで、鼓動が早くなって、頭に血が上る。
 それにじわじわと絡みついて、嬉しかったりとか気持ちよかったりとかにさせないのが、その最中のいくらかの彼の挙動だった。
 これだけリードされて、指示されてだし、正確なとこは知らないけど年だって結構上なんだから、いろいろ経験してるんだってことはわかってる。んだけど。どうやってたかとか、確かこうとか、露骨な他人の影はなんだかこう、イヤな気がする。比較したりしてるんだろうかとか、いやそもそも比較対象にもなってないとか。だって向うの手順を思い出して、さっぱりわかってないおれに指示するわけだから。……すごい良かったりしたんだろうかとか。その、もっと。
 多分、どっちかだけなら、上掛けの中にもぐりこんでまんじりともしないなんてことはなかったんじゃないかと思う。
 眠れそうにもなくて、おれはためいきをついた。そして、寝息が乱れないのを確認しながら、そっと身を起こす。
 抑えた明かりの中、白い顔が穏やかに目を閉じていた。しばらく眺めた後、おれはこっそりと無防備な顔に唇を落とした。ホントは口がよかったけど、腕が邪魔で無理だった。だから、こめかみのあたりに唇で触れた。
 なんか言いたいような気もしたけど、うまくまとまらなくて、唇の動きだけで彼の名を呼ぶ。寝息に変化がないのが嬉しいのかイヤなのかわからないままに、再度身体を起こした。いや、起こそうとしたってええええええええ!
 がっしりと頭をわしづかみにされ、おれは驚きの声をあげた。
「うるさい」
 不機嫌な声に、あわてて口を閉じる。ていうかなんかきいた? なんか気づいた? いや、こういう場合ってすやすや寝てるのが基本じゃないのかああああ!
 ごそごそと、斜め下の身体が寝返りをうった。まぶしげに眉を寄せ、彼はおれの頭を解放した。その代わり、肩のあたりをおさえつけてくる。おれは、素直にその指示に従って、横たわった。
「里心でもついたか?」
 そう口にすると、アルケミストはおれの頭を抱えこむ。そして、上掛けを肩口まで引き上げると、ぽんぽんと軽くたたく。そして、さっさと寝ろと言った。うう。
「い、いつからおきてた?」
「冒険者ならば、他人が触れた気配には敏感であるべきじゃあないのか?」
 い、いや、その通り。まったくそのとおりだけど、あんな気持ちよさそうに寝てたじゃん。
 抱え込まれたまま、うなったりごそごそと身動きしたりのおれに対し、彼は再度さっさと寝ろと口にする。そして、ぎゅっと抱える力を強くした。
 おれは身動きせずに、彼の様子をうかがっていた。やがて大きく胸が上下したかと思うと、寝てるときの呼吸に変化する。うう、と。小さな声にいろんな思いを詰め込み、おれは目を閉じた。
 

 それこれそういうことがあった後、再戦の機会があったかというと実はない。
「……あ? あー……当分はいい、というかイヤだ」
 アルケミストはためいきをついて顔をしかめると、首を横にふった。そしててのひらで自分の腰を撫でさする。手順は確かあんなところだったはずとか、なにか抜けてただろうかとか、やっぱり久しぶりだというだけか、いや比較検討でもしないとよくわからない確認するとしてもとか、それにしてもあんなに面倒なものだったかとか。ぶつぶつとなんだか微妙にヤなことを呟いた。……いくつかすごく不穏なのが混ざっていた気がするけど、とりあえず聞かなかったことにする。
 当分てどのくらい? と聞こうかとも思ったけど、なんだか力の限り爆笑されそうな気がしたからやめておいた。
 そうこうしてると、そのうちになと言って笑いながら撫でられた。なんとなく不満。だから、とりあえず了解をとらずにキスしてみることにした。蹴られなかったから、まぁ満足。

fin.