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約束はいらない

 聞きなれないアラームで、葉佩九龍は目をさました。
 音源を見つける前に、さっと冷気が暖かな布団の中に入り込む。思わず身を縮めると、小さな笑い声が降ってきた。
 アラームを止めたまま、笑い声の主――皆守甲太郎は起きようかどうしようか迷っているみたいに、身体を起こしたままだった。おかげで、わずかながらもひんやりとした空気が、暖かな布団の中に流れこみ続けている。
 葉佩は、皆守の腕を掴み、引き寄せた。引き締まった身体が、腕の中に抵抗なく収まる。
「こーちゃんのくせに」
 ほんの少し布団の外に出ていただけだというのに、ひやりとしている。目を閉じたまま、場所を選ばずに唇で触れた。肩の辺りだった。そのまま軽く歯を立てたら、すじばったてのひらで前髪をかきあげられた。
「なんだよ」
 焦点もあわないくらいの至近距離に、柔らかな笑顔がある。
「こーちゃんのくせに俺よか起きるって、なまいき」
 今度は、場所を選んだ。薄く開いた唇を狙い、くちづける。誘われるままに探った内部は、とても温かかった。
 しんとした部屋に、密やかな水音と、鼻に抜ける吐息だけが響いた。
「でかけるんだろうが」
「何時?」
 柔らかに背を撫でながら尋ねる葉佩の前に、つややかな黒の筐体が差し出される。不安定に動くそれを、持っている腕ごと捉えてのぞきこんだ。
 2004.01.02 7:00AM。サブディスプレイに表示された情報を読み取ってから、もう一度、唇を求めた。控えめに応えてくる相手の身体を、今度はしっかりと抱く。
「やばい。出かけるのに」
 言葉ほどの緊迫感はない。むしろ、あえて「でかけない行為」をおこなっているようにも見えた。
「今日は晴れだってさ」
 不思議そうに顔をあげる葉佩の首筋に、ひやりと硬質な感触が触れる。小さく間抜けな悲鳴をあげ、身体をひねると、正体は携帯電話だった。眉を寄せ、取り上げる。そして、クレードルには戻さず、適当に近くにおく。
「ねずみ屋とか、お台場とか。ヒルズとか」
「カレー博物館とか」
 ひきしまった腹筋に、唇を落とす。そのまま唇を滑らせ、胸の突起に触れる。歯と舌で刺激すると、皆守はびくりと震えた。
「原宿、東京タワー。修学旅行生は一日でまわるんじゃん?」
「さりげなく流したな」
 不明瞭な声で言葉をつむぎながら、やわらかく乳首を刺激しつづける。舌が、唇が触れるたびに、つんとした突起が存在を主張する。きつめに吸うと、小さく声が上がった。
「ほんとやばいなぁ。やめらんない」
「何言ってんだ、オマエは」
 十分に片方をなぶった後、葉佩はもう片方へと唇を移した。唾液に濡れる方を指先でいじりながら、今度は、ミルクを飲む猫みたいに音を立てて舌を使う。
 水音に絡むように、くぐもった声が断続的にあがる。つむがれる言葉が、途切れがちになった。
「まだ、時間、あるだろ?」
 葉佩は舌の動きを止めた。動きを止めた頭に、筋ばったてのひらが、柔らかく乗る。
 無言で背に回していたてのひらを抜き出し、皆守の下肢へと滑らせた。
「……そだな」
 肯定を返すまでに、ほんの少し間があった。葉佩の口元が、弧を描くのに必要な時間だった。
 間をとっているあいだ、皆守のものの上で動きを止めていたてのひらも、形を確かめるみたいに、ゆっくりと動き始める。
 今朝初めて触れたにもかかわらず、ぬるりと粘液の感触があった。やわやわと撫でる葉佩のてのひらを、おしかえすくらいの勢いがある。
「もしかして、結構きてた?」
 揶揄するみたいな言葉への応えは、撫でるみたいなこぶしだった。こめかみを狙うそれをそのまま受け、葉佩は痛いと笑う。皆守もまた、笑みを浮かべていた。
「まぁな。――だから」
 軽く胸を押され、葉佩は少しだけ身体を起こした。皆守もまた、ひじをついて半身を起こす。
「もっと、しろ」
 そして短い命令形とともに、長い脚を誘うように開いた。


 しなやかな身体を背後から抱き、ゆっくりと腰を使う。内部でいいところをかすめたのだろう、声が漏れたかと思うと、小さく震えた。
「息が白い」
 葉佩は一度動きを止めた。
「おまえな」
 ちらりと背後を見、皆守は言った。言葉とは違い、ひたすらに表情と口調は甘い。
「ほら」
 ゆっくりと息を吐く。そして、ね? と、尋ねながら、うなじのあたりを指先でくすぐる。
「見えない」
 ん、と、息をのむ気配の後、呆れたような声が返る。
「えー」
 見てよ、と。そう言って、より深くと身体を進める。ぎゅっと力のこもるてのひらの下で、柔らかなシーツがしわを作った。
「それより」
 葉佩は、少し表情を歪めた。結合部がくちゅりと音を立て、固くなっているものを柔らかく刺激してきたのだ。
「迷ってるなら、カレー博物館でいいだろう」
「横浜遠いし。それよりなにより、こーちゃんの目の前にカレー出したらおいてきぼりになるのわかってるし」
 そんなのやだ、と。言い切る葉佩のわき腹の辺りを、不自然にあげられたてのひらが宥めるように叩く。葉佩は、それに応えるように、皆守のうなじのあたりに顔を埋めた。
「そうか、残念だな。カレー博物館なら、食わせてやろうかと思っていたのに」
 ぴくりと葉佩の身体が震えた。そして、動かなくなった。
 どうした? と。笑いを含んだ声で皆守が尋ねるまで、葉佩はじっとしていた。
「……それって、伝説のあーんしてって、新婚さん?」
 それも野外プレイ? と。うなじに顔を埋めたまま、微妙に鼻息を荒くして葉佩は尋ねた。
「どんな伝説だよ」
 皆守は身体をひねって、背後をうかがった。
「俺的こーちゃんにしてもらえたら思い残すことカウントマイナスの一つ」
「わけわからん」
 笑いに揺れる皆守の身体を、葉佩はぎゅっと抱きしめた。そして、こーちゃん、と、必要以上に真剣な強い語気でもって名を呼ぶ。
「ああ。さすがに、一つのグラスにストロー二本ってのは勘弁してほしいところだが、それくらいなら」
「えー、そっちは駄目? ――でも、ほんとに? 食べ終わるまで?」
「……一口だけ」
「もう一声」
「……おまえ本気でそんなことしたいのか?」
「したいだろうと思ってるから、こーちゃんはカレー博物館の交換条件に出したんだよね」
 確かに当たってるけど、と。そう言って葉佩は少し身体を動かした。体内で馴染み始めていたものが、内壁をえぐる感触にだろう、皆守は眉を寄せ、小さく声を漏らした。
「後学のために聞きたいんだが、いいか?」
 その後、何度か唇を舌先で湿してから、皆守は尋ねた。そして、葉佩の肯定の言葉を待って、質問を続ける。
「おまえのその『思い残すことカウントマイナス』には他に何があるんだ」
「浜辺を一緒に走るとか」
「いきなり、ずいぶんと体育会系だな」
「つかまえてごらんなさーい、って」
「……」
「さっき言った、グラスに二本ストローとか、手をつないで歩行者天国とか、浦安でおそろいのネズミ帽子で記念撮影とか、クルーザーの先頭で背後から抱きしめるとか、星空の下で愛の交歓とか、究極には上で腰ふってもらいながら腹上死とか」
 律義に数え上げる葉佩に対し、皆守は大きくため息をついて、もういいと言った。
「乗られながらなら腹上じゃないだろう」
「日本語むつかしいっす」
 どう言うの? と。のぞきこんでくる葉佩に対し、皆守はもう一度ため息をついて、知るかと答える。
「……全部は無理か」
「一個減ったら多分二個増えるんだよね」
 葉佩の言葉に、皆守は一瞬目を見開いた。そして、小さく笑う。
「オマエはそういうヤツだよな。……一口くらいなら、ストローつっこんで飲むのを許してやる」
 言葉を聞いた瞬間、葉佩は勢いよく身体を起こした。飼い主に呼ばれた犬みたいだった。
「のった。――待ってて。すぐに終わらせるからね、ハニー」
 そう言って、身体を屈めて首筋に唇を落とす。同時に、深く皆守の体内に収めていたものを引き、少し勢いをつけて突き上げた。
「んっ……すぐにって、なんだよ」
 葉佩は小刻みに皆守のいいところを探るみたいに腰を使い始めた。動きにあわせ、皆守のてのひらがシーツにしわを作る。 ぎゅっと閉じた目元に唇を落とし、葉佩は皆守の腰に手を添えた。そして、ゆっくりと腰を上げるよう促す。
 促された通りに、皆守はひざを立てた。葉佩は、さらに手を伸ばし、皆守のてのひらに触れる。指を絡ませると、引き寄せ、皆守のものへと導いた。
 腰を上げて、頭を下げる。片手と肩だけで体重を支えた不安定な格好で、皆守は背後を見た。
「もちろん、いっしょにイクのは大前提デス」
 そう言って、指を絡めたまま、いっしょに皆守のものをしごく。漏れた声に、満足そうな表情で、小さく円を描くように内部をかき回した。
 皆守もまた、笑みを浮かべていた。
 葉佩の言葉に身体で応えてきたみたいな締め付けに、葉佩は小さく声を漏らした。皆守の弱いところを探るみたいに緩やかに、そして声が上がるにつれて激しく、抽送をくりかえす。
 辛うじて、『大前提』は守られた。

 
 

ID9999 CODE:NineHead

01.03.2004 00:00 AM

撤収完了

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この作品は、2007年の「闇鍋企画」(主皆でお題&作品提出)の自由提出分で書いたものです。
「寒い朝」で「待ってて。すぐに終わらせるからね、ハニー」のお題だったと思います。