ありとあらゆる石橋(ばしょ)を叩いて渡るのが、この世界樹を探索する冒険者の姿としては正しいというのは、いくらなんでも過言だろう。
とはいえ。意味ありな文字が連ねられた朽ちかけた石版を見なかったことにするのは、観光客以下の所行だ。もちろん、それがすらすらと読めるかどうかはまったく別の話として。
おれたちは、三人よれば文殊の知恵とばかりに、頭を寄せ合った。
カボチャよりは少しマシという程度頭がついているソードマンには期待するだけ無駄だった。本人も、頭脳労働は自分の役目ではないとばかりに、ボロボロの癖に厳然とした存在感を示す壁をじっくりと眺めている。手を出そうとしないのは、つい数日前にアルケミストにこっぴどく叱られたからだろう。メディックがとりなしたとはいえ、よほど怖かったらしい。
結論は、なんだか怪しい場所だということだった。メディックが穏やかに、だが残念そうに首を横にふる。ガンナーは肩をすくめた。
偶然朽ちる間に残っただけだろうかとソードマンが口にし、おれが同意しようとしたとき、背後から尊大な声が響いた。
そういえば、ソードマンのほかにもう一人、おれたちが頭を寄せ合うのに加わっていない人間がいた。アルケミストだ。
彼は、おれたちを押しのけ前へと進み出た。男のものにしてはやけに白く細いゆびさきが、壁の文字らしきものの上、ほんの少しの位置を移動する。唇からは聞いたことのない抑揚と音律をもつ声が紡がれていた。ゆびさきは、何かをなぞるように図形を描いた。ひときわ声が高くなり、力がこもる。
次の瞬間、壁が轟音とともに移動する!
奥に開ける狭い通路をみて、おれたちは惜しみない感嘆の言葉を送った。
アルケミストは、軽くあごをあげ視線を下に向ける。
「この程度」
そして、あごをしゃくるとさっさと奥の通路へと足を踏み入れた。
この瞬間、おれは木々の枝から芋虫の一つも落ちてこないかと期待してしまった。いかん、精神修業が足りない。
fin.
2008年03月01日 おんせんにっき