目の前の相手が真剣かどうかということを予測するとき、人は相手のどこを見るだろうか。
たとえば、目つきとか。たとえば、声色がいつもより少し低いとか。たとえば、喋る速度が少し遅いとか。最後に、笑って手を差し出してきたりするならば、完璧と言っていいんじゃないかと思う。
「オレが卒業するまでなんて、無茶なことは言いません。センパイがこの学園を卒業す(で)るまでは、しっかり手伝ってもらわなきゃいけないんすから。だから、だから――黙っていなくなったりなんかしないでくださいよ」
あの人は、目を細めた。そして、いつものふざけた調子とはまるで別人みたいな声で、イエスと言った。
だからオレは期待した。だけどあの人は、黙っていなくなった。
ようするに、オレはだまされたというわけだ。真実を語っていると思しき声色や、誠意にあふれているように見える目つきに、きれいさっぱり騙されてしまった。いなくなったということを聞いた当日は、それはきっと数日間いないだけだからわざわざ言っていかなかった、だからあんまり大騒ぎすると帰って来れなくなるんじゃないかなんて、バカなことも考えていた。
冬休みが終わって、春休みが来て、黄金週間をこえて、夏休みを迎える。部活動にも顔を出さなくなって、外出届を書いては模試を受けに行くようになったころ、オレはふとあの人のことを思い出した。
小指から順番に指を曲げ、最後に親指を添える。正しい握り方をした自らの拳を眺め、オレは嘆息した。そういえば、あの人は、今度(いつのことだ?)戦ってくれるとも言ってたはずだ。まぁ、こっちのほうは、なんだっけ、ああそう、暴力反対! どうせなら、格ゲーで勝負つけようぜ、って話だっけ。いや、アンタ、おれのこと思いっきり殴り倒しましたよね? ていうか、朝方、上の階から黒板消し落としてくる(小学生か!)(よけたけど)のは、ケンカうってるんじゃないんすか? 花瓶はさすがに殺人未遂っすよ(当然よけるけど)。
……ま、あんだけ誠意に溢れた(ように見えた)イエスが大嘘だってんだから、こっちはきっと多分立ったままの寝言だろう。約束とかそういうもののはずがない。
全く。何だってオレは、こんなつまらないことを思い出したんだろう。これじゃあまるで、あの人の一挙一動を覚えてるみたいじゃないか。さすがにそこまではない。ないない。
その時、オレは、誰かに呼ばれたような気がして顔をあげた。
あの頃のような鉄の掟ではないものの、放課後校舎に残ることは推奨されていない。もし、誰かが意味もなく残っているというのならば、一言くらい注意しておくのが筋だろう。
そう思って、オレは声の主を探すため、辺りを見回した。
探すほどのことはなかった。
携帯ゲーム機を二つ、ぶんぶんとふりまわす不審者がいた。生徒でもないくせに制服を羽織っているのが、とても怪しい。のんびりと、まるで、いなくなったのが昨日のことだったみたいな顔をして、犬でも呼ぶみたいにこのオレの名前を連呼してるのが、どう考えてもありえない。
「持ってきてやったから、勝負するぞコラ!」
……オレは、格ゲーで勝負することを了承した覚えはありません。
真剣な顔つきとか、まじめな声色とか、誠意溢れるしぐさとか。この人にとって、オレが多分そうであろうと認識した動作や何かは、そういうものではなかったらしい。じゃあもしかすると。
ふざけた口調とか、半分以上寝言としか聞こえない言葉の羅列だとか、鼻をほじるような態度とか。オレにはそうとしか見えないそれっていうのは、もしかしてこの人にとっては、勘違いさせられた動作の意味の方に類する代物なんじゃないんだろうか。
うきうきと禁止キャラクターの名前をあげてくるセンパイに対し、オレは思い切り、正しく作った拳を伸ばした。