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ガンナーの独白2

 良く晴れた晩だった。どこまでもどこまでも続くかのように見える白銀の世界が、ただ静かにおれたちの前に横たわっていた。
 さくさくという足音と、互いの呼吸音、武具が立てる金属音。それだけを聞きながらおれたちは進み、そこに至った。そこにいるそれもまた、とても静かだった。
 先頭を進むレンジャーが立ちどまった。そして、空気の匂いを確かめる狼みたいな様子で宙を仰ぐ。ほしのすなに仲間入りして日が浅いとはいえ、樹海における彼の感覚に、おれたちは全幅の信頼をおいていた。ただ、もう少し早めにわかりやすく周知してくれないものだろうかとは、もとからの連れであるところのバード以外は皆思っているところだろう。
 バードの通訳を待つ必要はなかった。彼が幾度か鼻をひくつかせたところで、おれたちもまた、彼が感じたものに気づいた。それは、強大な魔物の気配だった。
 あいさつが必要なほどに近づいたわけではない。だが。彼の存在がおれたちに気付いていないということはないだろう。こんなにも静かな夜なのだ。
 血に植えた魔獣のように、それが飛びかかってくる気配はなかった。ただ、殺気だけがあった。おれたちの手足をワイヤーで戒めようとしているかのように鋭いそれだっただった。
 レンジャー、バード、そして狼。最近、ほしのすなには、立て続けにメンバーが加入していた。五人でやってきた頃には、さて樹海だといえば全員が準備をしたものだ。だが、この人数ともなると、全員でがしゃがしゃと歩き回るなんていうのは、魔物たちに居所を鐘太鼓で知らせているようなもの。今日は、メディック、アルケミスト、レンジャー、バード、そして、おれことガンナーというメンバーが樹海入りしていた。
 おれたちは、互いの顔をうかがった。その様子に、自らが感じた情報を皆が共有したことを知ったのだろう。レンジャーは顔の向きを戻した。そして、メディックの方を向く。
 メディックは眉を寄せていた。おれは、メンバー一人一人の得意分野を思い浮かべた。火力としては十分だろう。バードの援護の元、アルケミストとおれが力を解放し、それに続いて、レンジャーが矢の雨を降らす。かなりの瞬発力が期待できる。問題は――一撃ですむかどうかだ。もしくは、三人のうちだれが二発目を放てるかどうか。メディックは一つため息をついた。そして、穏やかな笑みを浮かべる。
「そろそろ、街に戻ることにしましょう」
 おれは小さくうなずいた。彼の判断は妥当なところだ。ほんのつい数日前、おれたちはあるベテランの冒険者と対峙した。辛くも、彼らの求める水準に、指先をひっかけることができたんだが――その時のことを思い浮かべるに、おれたちの火力があれば恐れることはないとうそぶく気にはなれなかった。そう、この先待ち受けているのは、彼らをして強力な存在と断言させる相手なのだ。
 今のおれたちでは、あまりに足元が弱すぎる。さらに言えば、アルケミストが得意とするのは氷の術。
焔の現出も可能だが、どうしても氷の術を行使した場合の変幻自在ぶりには劣る。このエリアの魔物に対し、それは動かしがたい不安材料だ。
 レンジャーが小さくうなずき、荷物からアリアドネの糸を取り出した。そして、指先で封を切る。
「それでは皆さん、お疲れさまでした」
 穏やかに労をねぎらうメディックの声。そしておれたちは、行き詰まった。


 場所を知った次の日、準備万端整えてそこに向かったおれたちは、あっさりと敗退した。
 とっておきの術式や弾丸を一通りたたきこんだところで、少しばかり切羽詰ったメディックの退却の声があがる。同感だった。まるで効いてない。
 ほうほうのていで逃げ出したおれたちの背に襲いかかる容赦ない一撃。しんがりをつとめていたパラディンと、術解放後の放心状態故反応が遅れたアルケミストがつかまり、たおれた。まるで、はじめてこの樹海に入ったときみたいだった。
 偉丈夫と細身の身体を担いで狂乱のエリアから全速力で脱出する。普段は見向きもされていない世界樹のかみさまは、おれたちの祈りのうるささに大層迷惑したに違いない。
 するべきことは、はっきりしていた。火力を温存しつつ、件の場所に向かう。言葉にすれば、本当に単純だ。だが。そんな単純なはずのゴールに至るまでには、いくつもの障害があった。
 一番の障害となるのは、そこへ至るには時間を選ばなくてはいけないということだった。世界樹以外の場所であれば、季節が変わらぬうちにとなるのだろう。だが、樹の中においては、その必要はない。だが。
季節こそ待たなくていいが、時間を合わせることは必要だった。有体に言えば、そこに近づくために、よりしっかりと水路が凍結する夜を選ぶ必要があった。
 身の軽い狼やレンジャーならばともかく、偉丈夫のパラディンが重い盾鎧を身につけて渡ろうものなら、次の瞬間には水中に没してしまいそうに危うい場所を超えなくてはいけない。万が一にも氷を割ってしまえば、再度しっかりとした通路になるまでにはずいぶんと時間がかかるだろう。他のアプローチはないかと連日探しては見るものの、芳しい成果はなかった。
 では、そうなりそうな人間をおいていけば昼間でも近づけるのではないか? つまりそれは、護り手ぬきで強大な魔物に挑んでみるということにほかならない。今の三倍の火力があれば、多少の望みはあるだろうか。
 さらには――樹海の性質そのものも問題だった。そう、今問題となっているのは、雪と氷の階層。アルケミストが得意とするは氷の術。おれの弾丸が帯びるは雷の閃光だし、ソードマンの斧は冷気をまとってた。前の階層まではそれでよかった。いや、十分すぎた。そして、雑魚相手、人間相手ならば大丈夫だったのだ。だが。この階層においてあれだけの強大な殺気を発するということは、十中八九、あの魔物は氷の性質を帯びているにちがいない。万全を期するというには、いささか心もとない状態だった。
 昼夜逆転生活の訓練、そして焔の術の研究。さらには、新しい武器の検討。そう、おれたちは各々の活動を開始していた。
 そんなある日、昼夜逆転生活もなじんできた頃だった。おれは、閉店間際であろう交易所にいこうと、宿の部屋を出た。ついでにしまい湯でも狙おうかと考えて、扉のカギをかける。
 見慣れた姿が廊下にあった。同じギルドのメンバーなのだから、部屋で話をすればいいものを、と。そう言いたいところだが、顔を見て納得する。アルケミストとソードマンだった。
 アルケミストはあいかわらず尊大な仏頂面だった。ソードマンはわけがわからないという顔をしていた。そして、助けを求めるかのように、きょろきょろとあたりを見回している。
 二人の目がおれで止まった。
 ちょうどいいところに、と。ああこれは。運が悪かった、と、そう言っていいんじゃないだろうか。先を争うようにして近づいてくる姿に、おれは心中嘆息した。


 二人の懇願に負けて――アルケミストはソードマンの首根っこを解放するつもりはかけらもなかったし、ソードマンはアルケミストと二人で出かけるなんてことは絶対にイヤだと言い張った――おれは夜の世界樹に足を踏みいれていた。ああ、もちろん、白銀の世界なんて無茶なことはしない。新緑の階層だ。
 少し開けた一角で、ソードマンは長剣を抜いていた。彼が剣を使っているのを見るのは、ここにきて初めてではなかったかと考えた。
「それで?」
 戸惑う様子で、ソードマンはアルケミストに問いかける。
「まずは型をなぞるだけでいい」
 微かに、アルケミストの両の腕の機構が紋章を浮かび上がらせていた。彼は何かをやる気だ。まさか、ソードマンに向かって術のためしうちをしようということではないだろうが、もし万が一の場合は即刻アリアドネの糸の封を切り、街に戻ろうと決意する。
 首をひねりながら、ソードマンは足を肩幅に開いた。そして、いくよと声をかけてから、指示通りに型をなぞりはじめた。上段、中段、下段と、気合の声とともに剣をふる。衛兵の指導を行ったときというのは、こんなことをしていたのだろうか? 動きはさして早くない。安定したきれいな動きだった。
 ぶん、と。虫の羽音めいた雑音が響いた。アルケミストが術を解放する前触れだ。それに気づいているのかいないのか。いや、気づいているからなのか。動きを止めてソードマンが尋ねた。
「続ける?」
「いいというまで続けろ」
 立てている音からして、ジェスチャーのみという予想だった。が、アルケミストは言葉で指示を行った。一つ肩をすくめると、再度ソードマンは動きを開始する。アルケミストの真意がどこにあるのかはわからない。多分、ソードマンもわかってはいないだろう。説明不足とわがままはいつものこととばかりに、彼は黙って基本の型をなぞった。
 アルケミストは、じっと彼を見つめていた。カチリ、カチリと彼の両の腕の機構が小さな機械音を立てる。それに、高く低く雑音が絡んでいた。いつもならば、とうに何らかの術が解放されているはずだ。だが、涼風一つ、彼の周りにまき起こりはしなかった。
 彼が両の腕の機構を操る正確な手順とでも言うべきものを、おれはしらない。虫の羽音めいた雑音と、浮かび上がる紋章が、術の解放の前触れだということがわかるくらいだ。この、何かを組み変えているみたいな音に何の意味があるのか。術を解放する前の段階で静止するというのがどういうことなのか。自らの手に余るような遠距離の標的を狙うため、幾度もスコープを覗きなおしているみたいなものなんだろうか。例えてわかるものでもないだろうが、声をかけるもはばかられるような真剣さに、おれはそんなことを考えた。
 演武というにも少し長い。ソードマンの額にはうっすらと汗の気配があった。アルケミストはいよいよみけんのしわを深くしている。口元が歪んだ。
 そして、そんな奇妙な動作に引き付けられる存在というものがいるのが世界樹だ。ソードマンが振り向きざまに剣を降り下したその時、彼の背後の藪が揺れた。
「行け!」
 アルケミストの唇から、家畜を打つ鞭のような叱咤が飛び出した。同時に彼は、銃を構えようとしたおれを制止するかのように、腕をあげる。
 彼の言葉に従ったというわけではないだろう。一番近いのはソードマンだ。おそらくはただ反射的な行為にちがいない。彼は再度重心を移動させ、すばやく魔物へと切りかかる。先ほどまでの演武の動作に比べ、少しだけ大振りのように見えた。アルケミストの顔に小さな微笑が浮かんだ。
 ななめしたからの刃に、あわれなモグラは首を叩き折られてふっとんだ。
 仲間を殺した刃をかいくぐり、二匹のモグラが左右からソードマンに襲いかかる。間に合わない。片方はよけたが、もう片方の爪が彼の腕を抉った。
 大した敵ではないが、無駄な怪我をする意味もない。やはりと銃を構えようとするおれのまんまえにアルケミストが出る。これは明らかな妨害だ。何を考えているのかと、おれは彼を叱咤する。だが、聞いている様子はない。
 人が前にいては、撃鉄をあげるわけにいかない。おれは舌うちして銃を下した。
「――!」
 アルケミストが何かの術を解放する。
 ソードマンは、片方のもぐらの脳天に剣を降り下していた。そのもぐらの頭を、焔がかこみ、はじける。余波を浴びたらしいソードマンが悲鳴をあげ、剣を取り落とす。何故よりによって同じ方を!
 おれは、前に立ちふさがるアルケミストをつきとばした。そして、最後の一匹に対し、大きな動作で銃をふる。当てるわけには行かない。あくまで、牽制の動作だ。
 力量の違いとでも言うものをわかってくれていたらしい。甲高い悲鳴を一つあげるやいなや、モグラは脱兎の勢いで逃げ出してくれた。
 ソードマンが剣を拾う。おれは、撃鉄をあげる。臨戦状態でおれたちはあたりをうかがった。今は夜だ。のんびりとした鳥の声はない。魔物の気配がないことを確認してしばし後、おれたちは各々の獲物を収めた。
「それで」
 ソードマンの声は常にないほど低かった。そりゃあそうだ。いくら階層が浅いとはいえ、おとりに使われ、無駄な怪我をさせられたなら、だれだって怒るだろう。
「一体何がしたいんだ、アンタは」
 アルケミストは、じっとソードマンを見ていた。やがて、一つ息をはく。
「焔のコントロールをしたい」
 しばしの沈黙の後、アルケミストは手伝ってくれと口にし、ソードマンに対し、深く頭を下げた。常の彼の態度からは考えられないほどに、殊勝な態度だった。罵倒と鉄拳ばかりを浴びているソードマンにしてみれば、特にそうだろう。ソードマンは目を丸くし、まるで夢でも見てるんじゃないかと言いたげな表情でおれを見た。おれは何度か瞬きし、肩をすくめる。気づいたアルケミストが、俺に対しても、手伝ってくれと頭を下げる。
 がりがりとソードマンは髪をかきまわした。そして、頷く。まぁ、そうだろうな。ここで、絶対にいやだと拒否できない程度には、気のいいやつだ。
「わかった」
 動作に続いて言葉でなされた承諾に、アルケミストの表情が緩む。それで、おれは何をすればいいと問うソードマンに対し、彼は少し迷うそぶりを見せた。
「できれば、魔物を相手にしたい」
 予想通りといえば予想通りの言葉だ。そう、演武だけですむのならば、宿屋の庭ででもやっていればいい。にもかかわらず、彼は世界樹へと入ることを要求した。つまりは、庭にはなく、樹海にはあるものが必要なのだ。
 こくり、と、ソードマンの喉が動いた。まぁ、彼にとっても予想外というわけではなかっただろう。ただ、改めての要求に、心が揺らいだだけに違いない。
 無言の時が過ぎる。それを破ったのは、ソードマンだった。
「ああくそ。……ったく、やっぱり捕まるんじゃなかったな。いいよ、本番でいけばいいんだろう」
 そう言って、ソードマンは、てのひらを上にしておれを手招く。まぁ、そうだろうな。再度、ある用途に向かって銃を用意しながらおれは思った。アルケミストが、頼むと短く口にする。
 おれは、空に向かって銃を構えた。そして、なるべく派手な音がするように撃つ。
「今度は気をつけてくれよ」
 ソードマンはそう言って剣を抜いた。アルケミストの腕の機構が再度音を立て始める。おれは銃を安全に保ち、肩にかける。少し考えて、日常用途のナイフを取り出した。音にひきつけられた魔物がまもなく姿を現すだろう。おれたちは、じっとその時を待った。


 数日後、強大な魔物に立ち向かう準備を整え、街を出ようとしていたその時。おれは、ソードマンが斧を携えていることに気づいた。ここしばらく、アルケミストに連れ出されて以来、彼はソードマンの名の通りの長剣を使っていたはずだ。
 長剣でいくんじゃないのかと尋ねたところ、彼はいやあと取り繕うように頭をかく。
「やっぱり斧のが。一撃の重さが違うから」
 そういって、ソードマンは自らが頼りとする武器の柄を撫でた。奮発して新しいのを手に入れたと笑う彼の向こう、ぷいと顔をそむけるアルケミストが見えた。

fin.