樹二入ル最後 ガンナーの独白
アルケミストであったところの彼が旅立ってしばらくの間、ソードマンの様子はまるで飼い主を探し回る犬みたいだった。うろうろといるはずのない相手を探しまわってはためいきをつき、そう()している自分の姿に首をかしげる。そんなことを数日に一度はくりかえしていた。
もちろん彼のその姿に驚きをおぼえたのは、彼自身だけではない。ソードマンにとって彼の帰郷というのは、はたから見れば、理由もなく――彼の青年はしかるべきしつけ()だと言うだろう――自分を足蹴にする人間が姿を消してせいせいしたというくらいのものではないのか。少なくともおれはそう思っていたし、比較的皆の賛同を得られる意見だったはずだ。おかしいな、妙だなと囁かれているのを知っているのかいないのか。ソードマンは、彼の不在を発見しては、きゅうんと不満気に鳴いて頭をたれていた。
もっともそんな様も、彼がいなくなって半年もたつころにはほとんど見かけなくなった。ソードマンなりに、あの沸点が低く傲慢でへそまがり()な青年がいないことになれてきたのだろう。
そう、そんなふうに、良くも悪くもギルド内で大きな存在であった彼の不在が落ち着いたころ、一通の手紙が届いた。当の彼からだった。
その手紙には、若いのを一人預かってくれとあった。
実のところ、このギルド(ほしのすな)にとって、彼は唯一のアルケミストだった。その彼が去った今、このギルドは喉から手が出るほどに同じ技術をもつ存在を欲している。
樹海を探索するに不足というほどに、構成員の層が薄いわけではない。だが、単発という条件付きとはいえ、あらゆるスキル中最大の攻撃力を誇る技術を持つ存在がいないのは痛い。さらにこちらはスキルと言うよりは彼個人の資質だが、古代語に対する知識、他の誰一人として到達しきれない――あのメディックでさえもだ! それというのは、いくら惜しんでも惜しみきれるものではない。
今のこのギルド(ほしのすな)は、客観的に見て、街の中でほぼ最上位にランク付けされる。規模もあわせて考えれば、ほぼ敵対勢力はいないと言っていいだろう。すなはち、つのればいくらでも候補は現れるということだ。実際、自分もメディックといっしょに志願者と話をしてみたことがある。
だが、どうも一緒にやっていこうと思える人材はいなかった。パラディンやメディックならともかく、アルケミストに人格なんて難しい期待などもってはいない。外にいる彼らの中に、術式以外に対する興味関心が薄く古代語を始めとした錬金術の知識の多寡で人の価値を決めるような人間以外()を探すことなど、樹海の中で落とした宝石を探すにひとしい。実際、いなくなった彼にしたって、人格者(いいひと)だったと口をひんまげずに言うのは交易所の娘くらいにちがいない。だから、会ってみると言ったって、まぁとりあえずこれからよろしくと言いあう程度のつもりだった。
誰一人として、うまくいかなかった。件の彼よりも、よほど我慢強く社交的な人間ばかりのようではあったのだけど。もっとも、技術や知識についてはお粗末なものばかりだったのだが。まぁ、ここは学術都市というわけではない。あまりに高きを求めるは、愚行以外の何者でもないだろう。彼とて昔は、ランプみたいな焔を現出させるも難かったものだ。
そんな状態で届いた彼の手紙は、まさに渡りに船とでもいうべきものだった。彼の手紙にある見どころがどれほどの事実かはわからないし、気があう()かと言えば、もっとどうなのかわからない。それでも、彼らしいくせのあるそれでいて整った文字の手紙は、自分たちにさまざまな期待を抱かせた。
元気にしているとも家を立てたとも書いてない、ほとんど用件だけの手紙だった。文字が読めない組は、他に何か書いてないのかとやいやいメディックにつめよった。最初こそ彼も、それ以外は本当にないのだと丁寧に説明していた。だがそのうちに、肩をすくめると、他の文字が読める人間に手紙を渡してしまった。それを見た他の人間が、口々にそれしか書いてないと断言してやっと、皆頷きあった。ああ、そういえば彼はそう言う人間だったと。ただ、ソードマンだけはなにやら諦めきれない様子で、他の皆が去った後もずっと読めもしない手紙を眺めていた。いつのまにか、偉丈夫のパラディンとも並ぶほどの体格となった彼が、背中を丸めて不器用に文字を指でたどるさまは、思いがけないところで飼い主の声を聞いた犬みたいだった。
そういえば、彼がここにいた頃、ソードマンのことをずっと家畜と言い続けていたことを思い出す。最初こそ、彼が思いもよらないほどに馬鹿なことをやったときの罵り言葉だったが、やがて日常でもそれは彼を表す単語となったものだ。
今のソードマンを見ていると、彼の観察眼はもしかすると大したものだったのではないかと思う。別に愚かとかそう言う意味では――まったくないとは言わないが――ないのだが、若きアルケミストをとりあえずよこしてみろと書いた手紙を出した日から、なんだかそわそわと外をうかがうさまを見ていると、確かにその形容はしっくりとくる。彼の不在に不満気な様子を見せていたところといい、まったく、家犬そのものだ。図体だけは、樹海のパートナーを思わせるほどに大きいのだけれど。
……どうだっていいな。彼の他人に対する観察眼がとても鋭いらしいと気づいたとして、もうその真偽をはかる機会はないのだ。多分もう、彼とあいまみえることはないのだから。
今日もこのギルド(ほしのすな)にアルケミストの姿はない。
fin.