まぶたを通して、明るい光が目を刺激する。だが、二枚の薄い皮膚は、未だ離れがたしと激しく主張していた。逆にぎゅっと力を込めてから、おそるおそる狭いすきまをあけてみる。あたりをてのひらで捜索し、めざまし時計を探しあてた。
未だアラームは鳴っていないはずだ。薄目で時刻を確かめたところ、そろそろ午前中というよりは昼前といった時間だった。
ああ、そうか、と。この部屋の主が、休日にめざましをかけるなんて殊勝なことをするはずもない。そう納得し、夷澤凍也は本来の利用人数の二倍がつめこまれているため、やたらと狭いベッドの空間を最大限に活用し、身体を伸ばした。
ベッドのわきを探り、ひっかかったTシャツを掴んで身体を起こす。頭を通した時の匂いで気づいた。残念ながら、自分のものではなかったらしい。甘い香りと、生地のくたびれ方に違和感があった。
どうせすぐに着替えることになる。まぁいいか、と。そのまま着て、床に降りた。下着だけは確認して身につけ、ぺたぺたと素足のままユニットバスへと向かった。
*
洗面を終え、すっきりと目がさめたところで、ベッドに戻る。起こさないようにと気を使ったつもりはなかった。にもかかわらず。ベッドの上のかたまりには、そもそもそんな気遣いは不要だったらしい。上掛けのずれすらもそのままだった。
軽くくしを通しただけのため、ぱらぱらと顔に落ちてくる髪をかきあげる。一つため息をつくと、ベッドにひざをつき、頭のあたりの上掛けを引いた。
「いいかげん昼っすよ。起きたらどうですか?」
思いのほか整った寝顔を見下ろす。無防備なそれに、ほんの少し感情が動く。兆しかけたそれは、形をとる前に、淡いかゆみのような感覚を残して消えた。
起きなかったとしても、さして困ることがあるわけでもない。後一度だけ声をかけて起きないようなら、寝かせておこう。そう決意して息を吸ったところ、ぎゅっと眉がよった。うう、と、心底不機嫌そうな声に夷澤の口元が微かな笑みを刻んだ。
「……おはようございます」
恨みがましい視線に、丁寧にあいさつを返す。
皆守は情けない声を漏らしながら、抱き枕よろしくぎゅっと夷澤を抱きしめた。
「ぜんぜん早くないっす。何時か教えてあげましょうか?」
ああとか、ううとか、唸りながらぐりぐりと頭を押し付ける。あまりに情けないさまに、小さく笑い声が漏れた。
「そんな眠いなら寝てていいっす。起こしてすみません」
はい、ありがとうと二度寝に入ったならば、その間に夷澤がどこかに行くだろうことに気づいたらしい。半分寝ていても、洞察力は衰えていないということだろうか。夷澤の言葉が終わるか終わらないうちに、はっきりとした拒否の応えがあった。
逃がすものかとばかりに抱きしめる腕に力がこもる。態勢を入れ替えようとするのに、夷澤は逆らわなかった。
「アンタ、ほんっと朝弱いっすね」
態勢を入れ替えた後、皆守は夷澤の両腕を押さえつけると、腕立ての要領で半身を起こした。そして、しょぼしょぼと、何度もまばたきしながら、夷澤を見下ろす。
少し上気した頬と、まぶしさに潤んだ目。不機嫌に寄せられた眉。一般的には、寝起きのだらしない顔といったところだろう。しなやかな身体に散る淡い鬱血の跡故だろうか。それとも、肩口に浮く爪跡か。夷澤は、急に居心地の悪さを感じ、目をそらした。
「もう、昼っすけど。……って、何やってんすか!」
ん、と。いい加減な答えだけを返し、皆守は夷澤の肩口へと顔を寄せる。半分寝ている様子であったため、気づくのが遅れた。そのせいだろう。身体全体を使って夷澤を押さえつけ、Tシャツを脱がせようとする皆守から、容易に逃れることができない。
自分のシャツならば、もう少し容赦なく押しやったところなのに、と。ぐいぐいとTシャツが伸びる勢いで引っ張る皆守を、眉を寄せて睨みつけた。
夷澤のおよろしい眼つきも、フンと鼻息一つで吹き飛ばす。次の瞬間、ぐいとTシャツがひっぱられ、視界が暗くなった。
最初に態勢を入れ替えられた時から、皆守はそのつもりだったのだろうか。あっさりとTシャツがめくれたのを潮に、夷澤は身体の力を抜いた。
どこか得意げな顔に見えた。
再度明るくなった視界の中、皆守は裏返しになったTシャツを元に戻している。そして。
続いた動作に、夷澤は大きくため息をついた。
「アンタね。口で言ってくださいよ……」
ひっくり返した自分のTシャツを身につける皆守。いつもの定番の服を着ただけで、皮肉で性格(ひと)の悪い彼が戻ってきたような気がして、夷澤は眉を寄せた。
「……誰も取って帰るつもりなんかなかったっすよ、ホント」
緩んだ腕の中から抜け出そうとしながら、顔をしかめて夷澤は言った。
だが。ぐいとひかれてバランスを崩す。
「ちょ、アンタ、そっちはアンタのじゃないですって!」
寝ぼけているのかいないのか。今度は、ぐいと下着をひっぱってきた皆守に、夷澤は目を丸くした。ずるりと下着のゴムが尻をすべる感触の後、それを追うように、生温かい濡れた感触を感じ、夷澤はひゃあと情けない悲鳴をあげる。
ある意味慣れたこの感触が意味するところは。
「……口がいいんだろ?」
見せつけるように舌を出し、皆守がうわめづかいで見上げてきた。
もう、眠そうには見えない。
夷澤の表情が、驚きから理解、呆れへと変化する。
「曲解」
簡潔なコメントに、皆守は面白そうな笑い声をあげた。そして、褒められたと解釈した口を、改めて使い始めた。
fin.