ウォリアーの独白2
かくておれたちは、世界樹を降りるための権利を得た。おれたちの冒険はこれからだ!
できの悪い吟遊詩人の口上みたいなそれを脳裏につむぎながら、おれは一人昼間の酒場で水を飲んでいた。世界樹というのはとても厳しい世界だ。ほんの少しの油断で、魔物に食われ、世界樹の養分となってしまう。……そして食われるのは、何も自らの血肉とはかぎらない。つまりはそういうことで、現在おれは将来に対する多大な不安を抱えた状況だった。そう、ありていに言えば手元がとても不如意だった。
「しけてんなー。それともいまきたとこ?」
財布の中身と宿代について深遠な思考をめぐらせていたところ、グラスのむこうに白いてのひらが見えた。そして、傍若無人ともいえる形容。
「待ってナイナ。待ち合わせの相手ガキタゾ」
続いて、いつも通りの頓狂な声。顔をあげたところ、目の前には動きやすそうな服に身を包んだモンクと、にこにこ顔の女将がいる。ああどうもというおれの言葉に手をふると、女将は相変わらずの妙な言葉遣いで商談ガンバレと言い、モンクの分の注文をとって立ち去った。
座るよと宣言し、モンクはおれの正面の椅子に腰を下した。
「内容は聞いてると思うけど、ガードしてほしいのはわたしとあと三人。もちろん、四人も無理っていうなら減らすことはできるよ」
安全第一、と。そう言って、モンクはどう? と、おれの顔をのぞきこんだ。
「それで。アンタの腕の程はどんなもんなの?」
ご期待に添えるかどうかはわからないが、と。そうおれは前置きした。
「一週間ほど前に世界樹の探索を始めたところだ。二層ほど下へ至る道は見つけている」
おおとモンクは感心した表情で手を打った。そして、一週間でそこまで行ってるなら大したものだと口にする。そりゃどうもと一応は礼を言い、おれは合格かと尋ねた。
「そりゃあねぇ、ぜいたくを言えばきりがないけど、こっちだってそんな裕福ってわけじゃあないし。なによりケガしたくないってのが一番だから」
あんまり褒められてはいないだろう。だが、実際のところ、有像無像のひよっこの中に埋もれてるのも事実だ。否定する要素はない。
モンクはにっと笑って手を差し出した。おれはためらいなくその手をとる。
「よろしく頼むよ」
「オオ、商談成立カ」
注文のグラスをモンクの前におき、女将はオメデトウオメデトウと手を叩く。
「ダガ、本当にイイノカ?」
つい最近樹に入り始めたばかりで、こちらの依頼も済ませてないギルドだとか、じっくり話し合わなくていいのかだとか。おい、依頼の守秘義務ってのはないのかこの女将には。
「マアイイ、袖擦りアウもタニンのハジマリ。イザユケ、冒険者タチ! セイゼイガンバレ」
景気のいい声に、モンクは楽しそうに笑い、まずはこれを飲んでからとグラスを持ち上げ差し出した。
「乾杯」
とりあえずよろしくたのむよ、と。その言葉にうなずくと、おれは水の入ったコップをもちあげた。
*
約束の時間通りに世界樹へ行くと、昨日顔を合わせたモンクと、三人のファーマーが待っていた。頭一つ分以上小さな相手によろしくと頭を下げ、かわるがわるに握手を交わす。
「えーと、タイムリミットは夕方。っても、もしケガとかした場合にはそうとは限らない、と。それでいいかな」
モンクの言葉に対し、口々にファーマーたちが肯定を返すのを聞きながら、おれはうなずき、地図を広げた。残念ながら、こちらのギルドには世界樹の恵みに関する専門家はいない。そのため、このあたりの木石が街で求められているなどといったメモはまったく存在していなかった。モンクはええとと眉を寄せながら、のぞきこんでくる。そしてすぐにファーマーのうち一人の少年を呼ぶと、地図の一点を指さし、確認をとりはじめた。
「今回は腕の確認ってことで、とりあえず一番近いところから順番でいいかな」
「ご随意に」
おれの言葉に、モンクは大きく頷いた。そして、ファーマーたちを見回して確認をとる。
そしておれたちは探索を始めることとなった。
あいかわらず――というよりは変わりようがないのかもしれないが、世界樹の中はうららかに晴れていて、穏やかな気候だった。走り回れば汗ばむくらいの春の世界は、いったいどこから来ているのやら。ここは、地下のはずだ。
地図を確認しながら歩くモンクとファーマーの少年の斜め後ろを歩きながら、おれはそんなことを考えていた。その後ろから、二人のファーマーの少女がちょこちょことついてくる。ちらりとそちらをうかがうと目があい、にこりと微笑まれた。
この中ではモンクが一番背が高いとはいえ、おれの肩ほどまでしかない。他ファーマーに至ってはさらに低く、胸のあたりに三つの頭が並んでしまう。
――なんだかピクニックの引率でもしている気分だった。だが。あくまでそれは気分にすぎず、おれは魔物の気配を感じ足を止めた。
後ろのファーマー二人の前に腕を伸ばし、前の二人に声をかける。いや。声をかけるまでもなく、モンクは足を止めていた。早いな。
その一連の作業が終わるか終わらないうちに、目の前の薮が大きく揺れた。
毛皮の色をみた瞬間、おれは退却路を検討し始めた。たとえ一匹だけとはいえ、巨大サイズのヤマネコは、世界樹に挑み始めたばかりの冒険者たちを、片端から爪にかけている凶悪な魔物だ。ギルドのメンバーであればさしておそれることもないのだが、四人をかばいながらとなるとわけが違う。
だが。モンクの方がおれよりも早かった。流れるような動作で隣のファーマーとの間に入るようにしながら、すばやくヤマネコに対し拳を入れる。攻撃ははずれた。だが、うまい。もしかすると最初からそちらが狙いだったか。ヤマネコがとびのいた先はおれの攻撃圏内だ。短い気合の声とともにふりおろした鉾が、魔物の胴のどまんなかを捉える。ぎゃんと情けない悲鳴をあげるのに対し、おれはさらに踏みこんだ。
あっけなく、魔物は動きを止めた。それなりの後始末をしおえたところで、モンクはやるじゃんと声をかけてきた。
「この分なら、めいっぱいいけると思うよ」
頼りになるなぁ、と。明るく笑うモンクにおれは頷いた。
*
モンクの予言通り、おれたちは地図がある中、すべてのポイントを回ることができた。採取物でふくれあがったリュックをみるファーマーたちの表情もとても明るい。
おれの手助けが必要なのかと思うほどに、安定した道行だった。そのことをストレートに口にして尋ねると、モンクは驚いたように目を見開いた。そして、ひゅうと口笛をふいてみせる。
「正直だねぇ。うん、たしかに後出しで見ればそう言えなくもないかな。うーん、出てくる魔物から全部逃げ出してっていうんなら、できたかもしれないけどね。でも、アンタがいてくれたからこそ、怖い魔物を狩れた。それで、持ち帰るもののバリエーションも増えた。感謝してるよ」
そういって、モンクはにっと笑う。そして、それにとつけくわえた。
「わたしたちは地図をもっていなかった。経路がわかっているのとそうでないのでは、ぜんぜん疲労と緊張感が違うからね。やっぱり、雇ってよかったと思ってるよ」
明るくわかりやすい解説に、おれは降参した。若いのにたいしたもんだ。うちのゾディアック――はともかく、坊ちゃんは同じようにふるまえるだろうか。
「なるほど。そう言ってもらえるとこちらとしてもありがたい。また必要ならば、手伝わせてくれ」
「うん。こちらこそよろしく。いやーやっぱりね、わたしたちを見た瞬間、子供の遠足になんかつきあってられるか! とか言う人も多くてねぇ」
モンクは肩をすくめ、首を横にふる。――同業の連中の感想はもっともだとも考えたが、それは口にしなかった。
「しかし、それだけの腕がありながら」
そう言っておれは、戦利品を確認しているファーマーたちをみた。まるで、ピクニックのお弁当でも広げているみたいな微笑ましさがある。
「うん?」
「下を目指してはいないのか?」
おれの問いに、モンクは幾度かまばたきをした。そして、無理だよと言って笑いだす。
「ファーマーばかりのギルドだよ? 無理だってば。わたしたちはすでに開かれた場所で、街のみんなが必要としてるものを持ち帰るのがせいぜい。それも、誰かに手伝ってもらわなきゃいけないくらい」
確かに、この四人がというならば、このあたりはともかくもっと先ということを考えれば、かなり厳しいものがあるだろう。しかし。
「そうでなく。――君ならば、どこのギルドでも歓迎すると思うが」
樹海の中での動きの切れ。さらには気功とかいうらしい治癒の技。そして、今まで接してきた感触だけではあるものの、気性の明るさと頭の回転の良さも大したものだ。毛皮を深くかぶっているのかもしれないが、うちのギルドの、岩のような堅物や、ひねまがりすぎて複雑骨折したような輩ほど、ひどいということはないだろう。少なくとも、一言も口を聞かない少女よりははるかにつきあいやすいに違いない。深部に足をふみいれ、巨大な魔物をほふるようなギルドはともかく、このあたりをうろうろするのが精いっぱいのギルドからならば、引く手あまたとなってもおかしくはないだろう。
だが。おれの言葉に、モンクは口の端を引き上げて言った。
「興味ないね」
たった一言、ある意味にべもない拒絶に、おれはそうかと頷く以外の手段をもたなかった。
表情に何か出ていたのだろうか。モンクは、目を細めつけくわえた。
「ま、もしかしたら、お店に行ったときにわかるかもしれないよ」
こういうの、してないギルドなんでしょう? と。その言葉に、おれは頷いた。
*
しばし後、戦利品を確かめ終えたファーマーたちが互いに頷きあった。十分すぎるほどの収穫だとのことだった。それではと、日はまだ高かったが、街へと戻ることにする。
おおと表情を輝かせて、店主が獲物を勘定しはじめる。うちのギルドが行ったときとは別人のようなほくほく顔で彼女は代金を差し出した。
先ほどのモンクの言葉が、少し理解できたような気がする。……いかん。
ほんの少しぐらついた心を後ろめたく思ったわけではないが、おれは酒と菓子を手土産に宿へと戻った。
fin.